一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
どれくらいの間そうしていたのか、わからない。

頭を撫で、身体を撫で、時々、髪に口付けをされているうちに、だんだん眠たくなっていった。

人の心拍音が、こんなに安心を与えてくれるものだとは知らなかった。

涙はもう、すっかり渇いていた。



いつ部屋に戻ってきたのか、抱き合っている主人を邪魔するように、ちぃちゃんが膝に飛び乗ってきた。

最初は放っていた主人も、ちぃちゃんが嫉妬に狂ったように鳴き、今にも猫パンチを繰り出してきそうになると根負(こんま)けし、身体を離した。
主人に手を差し伸べられると、ちぃちゃんはその腕の中に飛び込み、勝ち誇った顔をした。

さっきまで自分を撫でていた指が、ちぃちゃんの首を撫でる。


「赤と白、どっち?」

突然の質問の意味がわからず、返事に迷っていると、クロエさんはちぃちゃんを抱きかかえたまま立ち上がった。

「アレルギーは?食べられない物は?」

「……特に、ないです。
あ……ニンジンは、あまり得意じゃないです。
小さくカットされていて、何かに混ぜられているような状態なら、まったく問題ないんですけど……。
大きいと、なんかこう、独特の香りと、存在感というか……」

だんだん冷静になり、初対面の人の前でボロボロと泣いてしまった事が恥ずかしくて、()らない説明までしてしまう。

クロエさんはさっきまでの事はなかったかの様な、あっさりとした顔をして「ニンジンね」と言うと、部屋を後にし、すぐに俺のキャリーケースを持って戻ってきた。
バスルームの場所を伝え、タオルは適当に棚を()ければ入ってる、薄いブルーのバスローブは未使用だから使って、と言ってキャリーケースを手渡した。


昨日はあんなに重く感じたキャリーケースは、もう重くは感じなかった。
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