一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
クロエさんは香水瓶のような容器を取ると、手のひらにワンプッシュし、オイルのようなものを手のひら、指の間に伸ばしていった。
浴室で嗅いだシトラスよりも、ほんの少し甘い香りが広がる。

その手を、まだ半乾きの髪の襟足へと滑り込ませると、丁寧に指を揉みこんで、オイルをなじませていった。
時折、指先が耳に触れて思わず()け反ると、クロエさんは小さく笑った。

なじませ終わると、今度はドライヤーで乾かし始めていく。
細かく何度も髪を上げて根本を乾かし、根本が渇くと、指先を小刻みに動かしながら毛先に沿って乾かしていく。

自分で出来ますと言って止めようと思ったけれど、髪に触れる手が穏やかで、気持ち良くて。
止めようという選択肢は、頭の中からは、ゆらゆらと消えていった。


クロエさんはドライヤーを止めると、ブラッシングを始めた。

ちぃちゃんも、こんな風にブラッシングしてもらっているのかな。
長毛だから、お手入れは欠かせないんだろうな。

そんな事を溶け出しそうな頭でふわふわと考えていると、鏡に映るクロエさんと目が合った。
ハッと我に返って、お礼を言おうとすると、「降りてきて。急がないで良いから」と先に言われてしまい、クロエさんはバスルームを後にした。


これじゃあ、どちらが雇用主なのかわからない。


髪からは、クロエさんと同じシトラスの香りがした。
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