一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
クロエさんは視線を落としたり、こちらを見ようと躊躇(ためら)ったりを何度か繰り返し、少し目を伏せて口を開いた。


「―――アオイの身体、似てるんだ」

「……似てる?」

「アオイの方が、そいつよりも曲線的だけど」

「そいつって……その人とは、どんな関係なんですか?」

「アオイにとっての、あの人と同じ」

「あの人って……茉莉香ですか?」

「そう。もう、いない人だけど」

「それって………」

「うん、死んじゃった」



瞬間、胸の奥が引きつった。

同時に、ずっと感じていた、クロエさんの消えてしまいそうな危うさの理由もわかった。

クロエさんは表情を変えずに、ただ冷めた空っぽな眼をしているだけで、それ以上は何も言わなかった。

考えても考えても、かける言葉が見つからない。
聞いてごめんなさい、と言えば空白は埋まるけれど、それを言ったら悲しみを後押しする様な気がした。
自分から踏み込んだくせに無力だ。


「ねえ、アオイ」


哀しい眼をして、クロエさんは微笑む。


「本当にオレが怖くなくて、アオイもおかしいなら
一か月だけ、一緒におかしくなろう?
全部、オレの所為(せい)にしていいから」


その眼を見て、その言葉を聞いて。

自分の中の常識だとか、一般論だとか、理性だとか。

何もかもが、どうでもよくなった。



返事をする代わりに、ひと夏の酔狂(すいきょう)ですねと言って笑うと、やっぱりクロエさんは哀しい眼をして笑った。
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