一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
席に着いて手を合わせ、2人同時にいただきますと言った。
軽く目を(つむ)り、そう言ったクロエさんの姿は、やっぱり人と違う空気を纏《まと》っていた。


トレーにはバジルが添えられた海老とアボカドのパスタ、今朝の冷製トマトスープ。
黒胡椒とパルメザンチーズがトッピングされた、半熟卵のリーフレタスのサラダがのっていた。
緊張している時のパスタほど、食べにくいものはない。
頼りのちぃちゃんも、どこかへ行ってしまった。

軽くなったはずの沈黙が、今日は少しだけ重く感じる。
向かい合って座っているからだろうか。
クロエさんの経歴を見てしまったからだろうか。


「今日の打合せって、どんな打合せだったんですか」

沈黙に耐えられず、無難な質問をしてみる。

「アパレルのカタログ撮影の打合せ」

「へぇー、カタログですか」

「うん」

「どんなブランドですか」

クロエさんの眼が斜め上へ泳ぐ。

「………やりたい放題、な感じ?」

いまいち想像がつかない。

「そうなんですね」

つい、あまり使うのは好きじゃないけれど便利な言葉、「そうなんですね」を使ってしまった。
自分としては相槌じゃなくて本当は何かを言いたい。
けど、その何かがうまく浮かばない。

「あの…クロエさんの撮った写真、見ました」

これでは自分がクロエさんを検索したと言っているようなものだけど、つい言ってしまった。

「見たんだ?」

「………はい」

しまった。
うまく感想も言えないのに、なんで話題にしてしまったんだろう。
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