一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
四時の戯れ
あずささんの母、瑤子さんは約束の5分後に10cmヒールを鳴らしてやってきた。
「まったく。この猛暑の中、自分の忘れ物を母親に取りに行けって、よく言えるわ。
でも私、あなたに会いたかったから好都合ね」
瑤子さんは笑顔でそう言って、ピンクベージュの上品なネイルで彩られた右手を差し出した。
握手を交わすとイランイランがふんわりと香り、瑤子さんもふんわりと微笑んだ。
瑤子さんがあずちゃんの忘れていった口紅を取りに来る。
急で申し訳ないけれど、もし良かったら少しだけ瑤子さんに付き合ってもらえないか。
アオイと話したい話したい、と言っている―――
昨日、クロエさんから申し訳なさそうに頼まれた。
初めて何かを頼まれた事がうれしい。
それに、インテリアコーディネーターで、この家のコーディネートを手掛けたという瑤子さん自身にも興味があった。
あずささんの母親だから、きっと綺麗な人なんだろうとは思っていたけれど、想像以上だった。
黒のタイトなワンピースから伸びる脚はスラリと長く、二の腕も引き締まり、ほどよく筋肉がついている。
若作りをしているわけでもないのに漂う空気がエネルギッシュだからか、あずささんの様な年齢の子供がいるようには見えない。
それにしても、この10cmヒールに赤い靴底って……ブランドに疎い自分でもわかる、あのブランド。
こんな間近で見る日が来るとは思わなかった。