一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
離れの前にはグラジオラスが咲いていた。
鮮やかな紫のグラジオラスを見て、紫の髪だった頃のクロエさんを見たくなった。
きっと似合っていたんだろうな。
似合わない色が思い浮かばない。


少し開いた格子戸からは、黒いサンダルが見えた。
手だけじゃなくて足も、クロエさんは自分より大きかった。


「クロエさん……?入りますよ」

声を掛けて格子戸を引くと、畳の上で横になって煙草を吸うクロエさんがいた。
丸い障子窓から差し込む日差しで髪は透けて見え、ペディキュアはボルドーから(つや)のあるブラックに変わっていた。

ぼんやりした眼をして、こっちにはまったく気付かない。
瞳の中には何も映っていない様にすら見える。

クロエさんの長い指を視線で辿り、中指と薬指で煙草を持つという事に初めて気付いた。
器用な指先―――


煙草の灰は、今にも落ちそうになっていた。

「灰!落ちちゃいますよ、畳に!」

咄嗟に叫ぶと、クロエさんはこっちをゆっくりと見て、そのまま焦る様子もなく携帯灰皿で煙草を消した。



「………いらっしゃい」

「おじゃまします…」

つい、おじゃましますと返してしまった。
こんなに無表情で、いらっしゃいと言われた事は今までにないと思う。

「こっち来て」

「全員もう揃っていて……」

「いいから」

「でも、みんなクロエさんを待って……」

「いいから、来て」

もう、従うしかない。

格子戸を閉めた瞬間、グラジオラスの花言葉を思い出した。

密会、そして用心――――――
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