一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「ライム、レモン。もうちょっと静かにしようね。
アオイちゃんごめんね、にぎやか過ぎるでしょ」

「猫好きなんで、むしろ嬉しいです」

姫野さんがにぎやかと言ったのは弟と妹ではなく、二匹の猫達だった。

毛色がグレーのライムに、ブラウンのレモン。
二匹とも警戒心がまったくなく、家に入った途端に全力で身体をすり寄せ、喉を鳴らした。

「お仕事しながら二匹飼うって、大変じゃないですか?」

「繁忙期なんかは、ちょっとね。
でも僕には一人で暮らすの向いてないみたいだから、丁度良い。
誰かを見てる方が落ち着くし、家に帰って一人なのも自分には合わなかったから」

お兄ちゃんをするのが染みついているんだな。
自分は新しい家族に好かれようと考えた上で、良いお兄ちゃんになろうとしてきた。
だけど、姫野さんは作り物のお兄ちゃんじゃない。

「ライムとレモンって、かわいい名前ですね」

「好きな小説の中でね、主人公が飼ってる猫がライムとレモンって名前で。
そこから名付けたんだ」

「……それってもしかして、露木國彦先生のミルクとワンピースって小説ですか?」

「うん、その小説。アオイちゃんも読んだの?」

「露木先生の作品の中で、一番好きです」

「僕も一番好き。
ナナくんにも貸したんだけど、ラストが悲しすぎて嫌だって、涙目で言ってた。
本当、ナナくんってかわいいよね」

姫野さんは、七星さんとは違う意味で話しやすかった。
七星さんは天真爛漫な弟で、姫野さんは優しい近所のお兄さんという感じがした。
昨日会ったばかりの自分にも、とても柔らかくオープンに笑う。

なんとなく、幸せになるのが上手そうな人に見えた。
< 90 / 186 >

この作品をシェア

pagetop