あなたがそばにいるから
5.遥


 目が覚めたら、目の前は白かった。
 その白は、布のようだった。
 規則的に動いている。
 頭のすぐ上で、息が聞こえる。
 白い布の動きと合って、吸ったり吐いたり。

 これは、優太の寝息だ。

 白い布はワイシャツ。
 目の前には優太の胸。だから動きと息が合ってる。
 顔を見ようとして少し動いたら、優太の腕にぐっと抑えられた。
「ん……はる……」
 抱き寄せられて、頭をなでられる。
 あったかくて気持ちいい。

 昨日、優太に『付き合って』と言われて『はい』と返事をしたのを思い出す。
 良かった、ちゃんと覚えてた。
 でもその後はよく覚えてない。
 優太に抱きしめられて、気持ち良くて眠くなって……そのまま寝ちゃった?
 だから、優太はワイシャツのままなのかな。
 スウェット置いてあるのに、なんで着替えなかったんだろ。
 私、もしかして、また記憶喪失?
 不安になっていると、優太がもそっと動いた。
「……はるか……」
 ぎゅっと抱きしめられる。
 そして、ちょっと力が緩んだと思ったら、優太の顔が迫ってきた。
 逃げる間も無くキスされる。しかも深いキス。
 いきなりでびっくりして、優太の胸を叩いた。
「……ん……?あれ?」
 寝ぼけた声。
「あれ、じゃないよ」
「あ……ああ、ごめん。つい」
「もう……びっくりした」
「こんなんでびっくりするなよ。俺達付き合うんだからもっと凄いことするだろ」
「え……」
「この2ヶ月の間だってしてたんだからさ」
「あ、そっか……」
 未だに想像できない……。
 でも、今こうして一緒にベッドにいると、それが自然に感じられる。そして、もっとこうしていたいって思う。
「してみる?」
「は……」
「俺はいつでもいいよ」
「え、あの」
「正直、昨夜はよく耐えたな、って思う」
 優太はため息をつきながら、私を抱き直す。
「夕飯の後、遥が寝ちゃって、しばらく寝かせてたんだけど起きないから、無理矢理起こしてここまで連れてきてさ。寝かせたら、隣に俺がいないってうなり始めた。だから、一緒に寝た」
「え……」
「離れるとうなり出すから、着替えもできなかったんだぞ」
 全然覚えてない。そっか、寝てただけか。
「良かった……」
 思わず安堵の息と一緒に口から出た。
 優太は腕を少しゆるめて、私の顔を見る。
「何が?」
「眠くなってきたところまでは覚えてるんだけど、その後が全然わかんなくて。なんで優太はワイシャツのままなんだろ、とか、どうやってここまで来たんだろ、とか覚えてなくて、もしかしてまた記憶が無くなったのかと思って……怖かった……」
 優太は再び私を抱きしめた。
 そして、頭をなでる。ぽんぽん、って。いつもみたいに。
「大丈夫。寝てたんだからな、覚えてないのは当たり前だ」
「うん。安心した」
「そっか」
 優太はまだ頭をなで続ける。
「寝る前のことは?覚えてるか?」
「うん、ちゃんと覚えてるよ。……付き合うんだよね、改めて」
 恥ずかしくなってきた。
 優太が私の顔を見て笑う。
「なに照れてんだよ」
「だって……」
「いいけどさ」
 そしてまた、頭をなでる。
「そろそろ起きなきゃな」
「あ……そうだね」
 優太は会社に行くんだった。
 私も一緒に体を起こす。
「まだ寝てていいんだぞ」
「うん……でも起きる。朝ご飯作るよ」
「無理すんなよ」
 頷くと、優しい笑顔で頭をぽんとなでられた。

 優太って、頭なでるの好きなのかな。
 それとも私がなでられるの好きだからかな。
 後で聞いてみよう。

 トーストとコーンスープ。優太にはオムレツとウインナーを付けた。
「昼も、少しでいいから食べろよ」
 優太はそう言って出勤していった。

 明日は土曜日。
 優太は出勤らしい。私のために休んだ分の仕事だろうと思う。聞いたら違うって言ってたけど。
 午前中で終わらせて帰って来るから、お昼ご飯は外で食べようと言っていた。

 体力が落ちているのか、やたらと眠くて食欲がない。
 気付くとぼーっとしていて、何かをしようっていう気力もない。

 1人でいるからなのかな。優太がいる時はまだマシになる。
 体力の問題はあるけれど、少しずつでも会社に行った方がいいのかもしれない。

 そう思って、課長に電話をかけた。
 来週から出勤すると言うと『無理はするなよ』と言ってくれた。心配してくれているのがわかって、嬉しくなった。
 仕事で直接関わる小山田さん、篠山さん、渡辺君に、記憶が無いことを伝えるところから始まる。

 ……仕事、ちゃんとできるかな。

 これはやってみないとわからない。
 気配りが凄いってほめられたけど、意識してなかった。
 またできるだろうか。

 前向きになったり、不安になったり。

 でもとにかく、一歩ずつ、進んでみることにした。





 夜、仕事帰りに優太が来た。
 夕ご飯を買ってきてくれた。親子丼とプリン。
 夕方に、メッセージで夕ご飯を作ると伝えたら『もうちょっとゆっくりしてろ』と返事が返ってきた。私が好きなものを買って行くから、と言ってくれた。
「親子丼なら食べられるかと思ったんだけど。無理なら残せよ。俺食べるから」
 そう言われてフタを開けると、食べられそうな気がした。
 全部は無理だったけど、半分は食べた。
 こうなるのを予想して、優太はカツ丼を普通盛りにしていた。私が残した親子丼も食べて、ビールを飲んでいる。
 私はとにかくお腹いっぱいで、少し横になろうとしたら、優太に止められた。
 その優太は、先にソファに座る。
「ん」
 モモをぽんぽんとたたく。
 意味がわからなくて固まっていたら、手をひかれた。
 ソファに横になるように促されて、頭は優太のモモの上。膝枕だ。
 頭をなでられると、気持ちいい。
「来週から出社するって、課長に聞いたけど」
「うん。1人でいると気が滅入るし、体力も戻さないと、と思って」
「……そっか。無理すんなよ」
「うん、ありがと」
 膝枕のまま、テレビを眺めていた。
 無言。でもそれが自然で、心地いい。
 心地良くて、また眠くなってしまう。
 優太の手が、頭に乗せられた。
 あったかくて気持ちいい。
「眠っていいぞ」
 優太の声も、気持ちいい。
「うん……ありがとね……」
 猛烈な眠気が押し寄せてくる。目を開けていられない。
「ゆうた……」
「んー?」
 まぶたを無理矢理上げて、優太の顔を見る。
 仕事で疲れてるはずなのに、多分、私を心配して来てくれた。
 嬉しくて、顔がにやけた。
「なんだよ」
 優しく笑う。この笑顔が好きだと思った。
「……すき……」
 眠すぎて、言えたのか言えてなかったのかわからない。

 優太のももと手があったかくて、気持ち良くて。

 私は、幸せな気分になって、眠りに落ちた。





 
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