御曹司の溺愛から逃げられません

プロローグ

今日も朝からいい天気。
私、柴山香澄は西園寺不動産の店舗で働き始め5年。そろそろ移動の時期と言われているが、できることならもう少しの間は慣れたこの職場にいたいと願い続けている。
慣れているだけが理由じゃないけど、それは胸の中にそっとしまい込んでいる。

「おはよう」

今日も私の次に課長が出勤してきた。

「おはようございます」

「朝から水やりも掃除もありがとう。みんなでやればいいんだから柴山さんがこんなに早く来なくてもいいんだよ」

入社して以来毎日1時間以上早く出勤するのが日課となっており、課長には毎日のように言われるが私は好きでしているので苦ではない。

「早く目が覚めてしまうし、水やりも掃除も嫌いじゃないんです」

「ありがとう」

30代半ばの課長はなかなかの手腕で、彼は仕事が多いためこんなに早く出勤してきている。残業してしまうと部下に気を遣わせてしまうからと定時で上がり、その分朝早く出勤してきている。日によっては私よりも早いことがあるのに他の社員にはそんなに早く来ているとは思わせないよう振る舞っている。自分の効率が悪いせいだ、と私に話すがそんなことはない。彼の仕事量はとても多く、それぞれチームで動いているがそれを統括している課長は大変だ。的確な指示とアドバイスで周囲から一目置かれてもおかしくないが、彼の気さくな人柄で誰からも好かれている人だ。

私は彼との朝のひとときの時間を過ごすために早く来ている、と言っても過言ではないと言うのは内緒の話。ひとことふたこと交わすだけでも満足なのだ。

課長は背が高く引き締まった体幹。つい耳を傾けたくなってしまうバリトンボイスの艶のある声。なによりも少し彫りの深めな整った顔立ちでどこを見ても彼より素敵な人は見当たらないと思う。この上性格もいいなんて最高。それなのにこの歳で結婚していないなんて相当理想が高いのだと思う。ゆえに私は彼を観賞用として眺めていることに幸福感を得ている。
160センチで黒髪ボブカット、派手な服は好まずどこにでもいるような私が彼を好きになることさえおこがましい。私は掃除をしながら彼の打つキーボードの音を聞きながら朝のひと時を過ごせるだけで幸せだった。

8時半を過ぎると徐々に社内には人が増え、朝の活気が出てきた。
ふたりだけの静かな時間は終わり日常が始まる。
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