目の前の幸せから逃げないで
12

3月、光毅は 大学を卒業して

4月から 正式に SNOW BELLの 社員になった。


私達の生活は 変わらないけど。

仕事の忙しさが 私達の やりがい。

一緒にいることで それを共有できることが 幸せだった。


4月の末に 私は 光毅に初任給を支払った。

それまでも バイト代は 支払っていたけど。

社員としては 初めてのお給料だから。

光毅は 少し顔を赤らめて 給与明細を 受け取った。


「由紀乃さん、今日は 早く帰れる?」

給料日の数日後、光毅は 改まって 私に言った。

「大丈夫よ。急ぎの仕事 ないから。久しぶりに 定時で上がろうか?」

「うん…」

なんとなく ソワソワしている光毅に 

少し 不安を 感じたけれど。

光毅の表情に 陰はなかった。


「みつき。食事、何食べたい?最近、ずっと簡単な物だったから。早く上がって 一緒に料理しようか?」

「うん。俺、由紀乃さんの 唐揚げがいいな。」

「いいね。じゃ、買い物して帰ろう。」


私達は スーパーに寄って マンションに戻った。

5月の空は 6時前では まだ明るくて。

こんな時間に 家に帰ることに 少し罪悪感を おぼえながら。


「由紀乃さん、これ…」

ゆっくり 食事をして 一緒に 後片付けをして。


私が メロンを切って リビングに運ぶと

光毅は 小さな箱を 私に 差し出した。


「なあに?」

「給料3か月分じゃないけど。」

小さなパールが付いた 金の指輪。

「みつき…ありがとう…」


いつの間に 指のサイズを 調べたのか。

嵌めてみると 薬指に ピッタリで。


「由紀乃さん 結婚して下さい。」

「えっ…」

「みつき…すごく嬉しいけど。気持ちだけ ありがとう。」

「えっ、どういうこと?」

「結婚とか 拘らないで、今のままで いいじゃない。」

「まだ俺、頼りない?」

「ううん、そうじゃないよ。みつき まだ 大学卒業したばかりでしょう。これから 色々なこと あるのよ。だから、早まって 結婚とか 決めないで。」

「どうして?俺 何があっても 由紀乃さんとは 離れないよ。」

「なら それでいいじゃない。」

「由紀乃さんは 俺と 結婚するの 嫌なの?」

「みつきだからじゃないわ。今は 誰とも 結婚する気は ないの。」

「どうして?」

「仕事 順調だし。みつきが 側にいてくれるし。今 すごく幸せだから。このままでいいの。」

「俺は 由紀乃さんと ちゃんと結婚したい。」

「いいの。このままで。でも、指輪 すごく嬉しかった。ありがとう。」


私が この話は終わり、という態度をすると

光毅は 少し不満そうな顔をしたけど

それ以上は 何も言わなかった。






< 48 / 51 >

この作品をシェア

pagetop