あなたに嫌われたいんです
「ただいま!」

「おかえりなさい」

「外で待ってなくても、寒いんだから。どっか入ってればよかったのに……朋美さん! ご無沙汰してますね」

「理人さんお久しぶりでーす! 今たまたま会ったんですよ、出張だったんですって?」

「ええ、九州の方に」

「お疲れ様ですねえ」

「せっかくですから、三人で食事でも」

「いやいや! 私は結構です! これから用もあるんで」

「そうですか、残念です。また機会があれば」

 朋美は私に別れの挨拶をしようとし、だがすぐに思い出したように言った。

「そういえば、二人はいつ結婚式とかするの? 籍だけ入れたまんまでしょ?」

 ズバッと聞かれ、つい答えに困った。相変わらず、まっすぐで正直な子だ。

 理人さんと、実はもう籍だけは入れてある。私が継いだあと話し合って早々に入れた。

 だがその後も会社のことで手一杯。結婚式なんて余裕はまるでなく、忙しい日々を送るだけだ。話題に出ることもあるが、結局先送りにしてしまっている。

 朋美はコートのポケットに両手をしまい、私たちに言った。

「もう半年頑張ってきて、最近会社もいい感じらしいし。ちょっと休みとっても、社員の人たちは温かく見送ってくれるよ。もちろん、その際は誘ってねー」

 それだけ言い残すと、朋美は手を振ってさっさと行ってしまった。こちらの返事も聞かずに言い捨てとは。さすがだ。

 その背中をなんとなく無言で見送ると、隣の理人さんが言った。

「帰ろうか」

「うん」

 寒い中二人で歩き出す。彼は無言でこちらの手を握った。少し冷えた手を、強く握り返す。

「それにしても、徳島さんはさすがだね」

「そう! これまで頑張ってきたから、みんなで喜んじゃいました。また忙しくなるなあって」

「いいことだ。社員一人一人が頑張ろうってモチベーションが高い。半年でここまで来れるのは想定外だったなあ。父もびっくりしてた」

「まあ、八神社長には散々お世話になったから……」

「そういえば、あっちの方の父親は、まあおとなしく働いているらしいよ。三人慎ましく暮らしてるみたい。確か妻の方はパートに出てて、妹も就職したらしいよ。ま、これが普通の生活なんだけど。
 仕事はだいぶ堪えてるみたいだね。若い人たちに使われるのが嫌らしく、最初は反抗的だったらしいけど。今はもう反抗する気力もないみたいだ。
 ただ、離婚の危機にある……ってのは聞いたけど、これからどうなるかな」
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