あなたに嫌われたいんです
『もしもしおっはよー! もう追い出されたあ?』
気が抜けるほどのあっけらかんとした言い方。でも今はそれが酷くありがたかった。肩の力が抜け、はあと息を吐きだす。
相手は友人である朋美の声だった。彼女は私の小学生のころからの幼馴染で、高校、大学と同じところに進んだ腐れ縁だ。母の死や、父の横暴などすべてを知っているたった一人の友人だった。
今回のことも相談済みだ。そこで『嫌われる作戦』を説明し、どんなふうに嫌な態度を取るか一緒に考えてくれた。ここに来て理人さんに放った発言たちは、大体朋美と一緒に考えた。
「朋美、凄い展開になった」
『え。私はてっきり成功報告かと思ったよ』
「聞いてほしい、この数十分で起きた奇妙な出来事を」
『小説でも始まるのか?』
私はすべて説明した。相手が次男だったことも、渾身の嫌な発言もことごとく効いていないこと。結婚にも前向きであることも。
朋美は黙って話を聞き、時々感心するように唸った。私はスマホを握りしめ、縋りつくように耳に強くあてた。
「どうしよう! 予想外のこと過ぎてパニックになってる!」
『そりゃなるね、相手が手強すぎる。聖人なのか、よっぽど変人なのか。聖人だとしたら、お見合いを断り続けてるっていうのが変だよね?』
「そうなの、変なの。全部が変なのよ! 向こうから断ってもらわないと、穏便に終わらせられないのに」
『普通嫌われることに苦労するってないよね? 珍しい相談だよこれも』
呆れるように朋美が呟く。そうだよね、男に嫌われる方法を考えるなんて、普通はあり得ない。みんな好かれようと必死になっているというのに。
『まあ、待ってよ。まだ家に入ったばっかりなんでしょう? だから向こうもすぐには断りにくいだけかもよ、せっかくはるばる来てくれた婚約者をすぐに追い返すことが心苦しいのかも』
「そうならいいんだけど」
『もうちょっと時間をかけながら、どんどんやろう。私ももっと一緒に考えるから!』
「朋美~!」
『私は弟もいるしさ。男心聞きやすいし? 京香はさーほんっと男には疎かったから、ある意味うまくやり切れていないのいかもね』
疎かった、の言葉に俯く。そりゃ、恋愛経験はゼロではない。だが、正直彼氏がいたのなんてはるか昔だし、大学に入ってからも必死に勉強してたからそんな暇はなかった。モテなかった、というのもでかい。
「はい、モテませんもんで」
『あは、卑屈になるな。いや、京香はさー話せばすごくいい子だし、芯が強いし、人間としては本当に尊敬してるよ。ただ男はさあ、しっかりしてる強い子より弱弱しーい女の子が好きだからさあ』
私は頷いた。自覚があったのだ。よろよろと立ち上がり、とりあえずドレッサーの椅子に座り込む。綺麗なベッドに皺を作るのはためらわれたのだ。
どうも自分は気が強いらしい。朋美曰く、あの父や義母、義妹がいる家に住み続けているというだけで凄いのだとか。そりゃ私だって一緒には暮らしたくはないが、あそこはお母さんとの思い出もある。なぜ私が出て行かねばならないのだ、という気持ちで居座っていた。
こういうところ、多分可愛げはない。
『その性格のおかげで、高校の頃は女子の間では姉貴呼ばわりだったし』
「忘れて」
『大学で私が連れてった飲み会なんてさあ、ちょっとアホそうな男が隣にたまたま来ちゃって、そいつに経営について厳しく語っちゃって場をしらけさせてさ!』
「忘れてえ! あれは向こうがあまりに経営について適当に考えてたからあ!」
気が抜けるほどのあっけらかんとした言い方。でも今はそれが酷くありがたかった。肩の力が抜け、はあと息を吐きだす。
相手は友人である朋美の声だった。彼女は私の小学生のころからの幼馴染で、高校、大学と同じところに進んだ腐れ縁だ。母の死や、父の横暴などすべてを知っているたった一人の友人だった。
今回のことも相談済みだ。そこで『嫌われる作戦』を説明し、どんなふうに嫌な態度を取るか一緒に考えてくれた。ここに来て理人さんに放った発言たちは、大体朋美と一緒に考えた。
「朋美、凄い展開になった」
『え。私はてっきり成功報告かと思ったよ』
「聞いてほしい、この数十分で起きた奇妙な出来事を」
『小説でも始まるのか?』
私はすべて説明した。相手が次男だったことも、渾身の嫌な発言もことごとく効いていないこと。結婚にも前向きであることも。
朋美は黙って話を聞き、時々感心するように唸った。私はスマホを握りしめ、縋りつくように耳に強くあてた。
「どうしよう! 予想外のこと過ぎてパニックになってる!」
『そりゃなるね、相手が手強すぎる。聖人なのか、よっぽど変人なのか。聖人だとしたら、お見合いを断り続けてるっていうのが変だよね?』
「そうなの、変なの。全部が変なのよ! 向こうから断ってもらわないと、穏便に終わらせられないのに」
『普通嫌われることに苦労するってないよね? 珍しい相談だよこれも』
呆れるように朋美が呟く。そうだよね、男に嫌われる方法を考えるなんて、普通はあり得ない。みんな好かれようと必死になっているというのに。
『まあ、待ってよ。まだ家に入ったばっかりなんでしょう? だから向こうもすぐには断りにくいだけかもよ、せっかくはるばる来てくれた婚約者をすぐに追い返すことが心苦しいのかも』
「そうならいいんだけど」
『もうちょっと時間をかけながら、どんどんやろう。私ももっと一緒に考えるから!』
「朋美~!」
『私は弟もいるしさ。男心聞きやすいし? 京香はさーほんっと男には疎かったから、ある意味うまくやり切れていないのいかもね』
疎かった、の言葉に俯く。そりゃ、恋愛経験はゼロではない。だが、正直彼氏がいたのなんてはるか昔だし、大学に入ってからも必死に勉強してたからそんな暇はなかった。モテなかった、というのもでかい。
「はい、モテませんもんで」
『あは、卑屈になるな。いや、京香はさー話せばすごくいい子だし、芯が強いし、人間としては本当に尊敬してるよ。ただ男はさあ、しっかりしてる強い子より弱弱しーい女の子が好きだからさあ』
私は頷いた。自覚があったのだ。よろよろと立ち上がり、とりあえずドレッサーの椅子に座り込む。綺麗なベッドに皺を作るのはためらわれたのだ。
どうも自分は気が強いらしい。朋美曰く、あの父や義母、義妹がいる家に住み続けているというだけで凄いのだとか。そりゃ私だって一緒には暮らしたくはないが、あそこはお母さんとの思い出もある。なぜ私が出て行かねばならないのだ、という気持ちで居座っていた。
こういうところ、多分可愛げはない。
『その性格のおかげで、高校の頃は女子の間では姉貴呼ばわりだったし』
「忘れて」
『大学で私が連れてった飲み会なんてさあ、ちょっとアホそうな男が隣にたまたま来ちゃって、そいつに経営について厳しく語っちゃって場をしらけさせてさ!』
「忘れてえ! あれは向こうがあまりに経営について適当に考えてたからあ!」