あなたに嫌われたいんです
始まった生活
私はクローゼットの前で腕を組み、仁王立ちしていた。
睨みつけているのは洋服たちだ。ほんの数枚、ハンガーに掛けられた見慣れたもの達。どれも年季が入っていて、お世辞にもいい状態とは言えない。唇を噛み、ううんと唸った。
昨日は、ほとんど理人さんと関わらなかった。
彼は仕事だと言って自室にこもり、夜遅くまで出てこなかったのだ。私はというと、とりあえず家の中を散策し、夜になったら勝手にお風呂に入って作り置きの食事を食べていた。もちろん、理人さんの用意はなし。食器は食洗器にぶち込み、あとは自室にこもっていた。まだまだ荷物が少ない中、唯一の娯楽であるスマホを使い、必死に嫌な女になるための情報を集めていた。
そして、今日だ。朝起きて顔を洗い、さて着替えようと思ったところで、私は自分のつめの甘さに気が付くのだ。
今日、私の私物を買いに行く約束をしている。これはチャンスだ、買い物でとことんわがままを言ってやる。まだ結婚もしていないのに、と引くぐらいやってやる。今日こそ嫌われるぞ、と意気込んでいた。
だがそこで、自分が持っている服が、どう見ても安物ばかりであることを思い出したのだ。
今のところ、私は『金にがめつくてわがままな女』を一番の目標でやっている。そんな私が、貧乏丸出しの服を着て出ていくわけにはいかないのだ。昨日着ていた服は、唯一持っていた中でもマトモなワンピースだったわけだけども、まさか二日連続で着ていくわけにもいかない。
そうなると、普段使いしていた安い服しか残っていなかったのだ。なんたる失態。
「……しょうがない、よなあ」
ぽつんと呟き、一枚の服を手に取った。それは上品なワンピースで、一目で素材がいいと分かるものだ。
母の形見だった。
母が亡くなったあと、使っていたものはすべて私がもらっていたが、梨々子たちがやってきたあと、捨てられるか勝手に奪われてしまった。何度抗議しても返してくれるそぶりはなく、無理やり取り返そうとしたところ、目の前で壊されたことがあった。壊されるぐらいなら、と諦め、私の手元にはほとんど残らなくなった。
このワンピースは隠し通した最後の一枚だ。できれば使うことなく、大事に保管しておきたかったのだが。
「これ以外に、服がない」
そう決意し、手に取った。
悲しくて、侘しかった。母の形見を身に着けるきっかけが、こんなことだなんて。いつか私が会社を継いだ時に、胸を張って着ようと思っていたのに。
サイズは幸いぴったりだった。でも、鏡の中の自分には似合っていなかった。自信なさげなこの表情がいけないのか、にじみ出る品性のものか。ああ、お母さんはあんなに似合っていたのに、と思う。
ため息をつきながら、とりあえず化粧をしようとドレッサーに向かった。
いつものプチプラ化粧品で顔を作り終えると、よう部屋から出た。すると、廊下中に何やらおいしそうな匂いが充満しているのに気が付く。まさか、と思い、慌ててリビングへ入っていった。
料理が並べられたダイニングテーブルと、キッチンには理人さんが立って、何やら楽しそうにフライパンを握っていた。
唖然としてその光景を見る。料理は、どう見ても二人分並べてあった。おいしそうなトーストに、サラダ。こんなにしっかりした朝食は久しぶりだ、と思ってしまうような品物たち。