あなたに嫌われたいんです
悉く作戦が失敗してる自分が、本当にちゃんと事を進められるのか。
しばらく沈黙が流れた後、彼は優しく微笑んだ。
「分かった、五十嵐さんも大変だろうけど、とにかく私たちはできることをやろうか」
「はい」
「顔が疲れてるよ、休めてる? こんなことになって一番心労が大きいのは君だから」
「とんでもないです」
首を振って心から言った。むしろ、父を止められずこんなところまで来てしまったのは、私のせいでもある。全社員に土下座しても足りないくらいなのだ。でも誰も私を責めたり、いじめたりしてこない人たちだから、なお心が痛い。
徳島さんがデスクから離れる。はあと息を吐き、再度パソコンに向き直る。メールのチェックをしようとして、ふとスマホを持ち上げた。また二通、メッセージが届いていた。
『帰りは遅くなりますから、好きなものを食べていてください』
言われなくてもそうするつもりだった。むしろ今日は食べ終えた皿、そのままシンクに置いておいてやろう。そう唇を尖らせてもう一通を見ると、理人さんではなく朋美だった。
変なキャラクターのスタンプとともに、文章が添えてある。彼女はいつも、誰が買うんだと思ってしまうようなスタンプばかり持っている。
『おーい、その後どう? よかったらご飯でも行かないか!』
唯一の救いとばかりに目を閉じて感謝した。朋美がいなかったら、一人でもっと辛かった。
今日の夜に少し会おうという趣旨を簡潔に送ると、私は仕事モードに変更した。
朋美は不定休の仕事なので、本日は休みだったらしい。会社近くまで来てくれたので、仕事を切り上げた後、すぐに会うことができた。会社から徒歩二分の居酒屋に入る。
先に来ていた朋美は、白いTシャツとジーンズというシンプルな恰好だった。彼女の向かいに座り、ソフトドリンクを注文した。昨日赤ワインをしこたま飲んだので、今日は休肝日にしようと思ったのだ。
注文だけすると、朋美はすぐに詳細を聞いてきた。私は何一つ隠すことなくすべてを話す。高い服を躊躇なく買い与えてくれたことや、お見合い相手が登場したこと、母の服についたワインのシミを心配してくれたこと。
ちなみに、本日理人さんは約束通りラインをくれた。ずらっと並んだ履歴は、普通ならドン引きするような並びだ。私は一通も返していない。
私はその画面も朋美に見せながら、痛む良心と戦っていた。
「……というわけで、こっちのわがままは全然効いてないし、理人さんはいい人だからむしろこっちのダメージの方が大きいっていうか、もうどうしたらいいやら」
運ばれてきたウーロン茶を口にする。朋美はビールを煽りながら、私のスマホを眺めていた。そして眉間に深い皺を寄せつつ、声を出した。口の端には泡がついている。
「いや、ちょっと待ってよ。これ、おかしくない?」
私は顔を上げる。
「おかしい?」
「一昨日電話で聞いたときはさ、まあはるばる来たばっかりの婚約者を追い出すのが忍びなくて、我慢してるとかかなーって思ってたのよ」
「そう言ってたね」
「でもその後の京香の攻撃を受けて、なんでまだ相手は気分損ねてないの? 追い出すまではいかないにしても、普通苛立つしあまり関わらないようにするって。聖人でも変人でもない、これはおかしすぎる」
そうきっぱり言われると、私もこの現状が異常なのだと再確認できる。そうだ、そうなのだ。
しばらく沈黙が流れた後、彼は優しく微笑んだ。
「分かった、五十嵐さんも大変だろうけど、とにかく私たちはできることをやろうか」
「はい」
「顔が疲れてるよ、休めてる? こんなことになって一番心労が大きいのは君だから」
「とんでもないです」
首を振って心から言った。むしろ、父を止められずこんなところまで来てしまったのは、私のせいでもある。全社員に土下座しても足りないくらいなのだ。でも誰も私を責めたり、いじめたりしてこない人たちだから、なお心が痛い。
徳島さんがデスクから離れる。はあと息を吐き、再度パソコンに向き直る。メールのチェックをしようとして、ふとスマホを持ち上げた。また二通、メッセージが届いていた。
『帰りは遅くなりますから、好きなものを食べていてください』
言われなくてもそうするつもりだった。むしろ今日は食べ終えた皿、そのままシンクに置いておいてやろう。そう唇を尖らせてもう一通を見ると、理人さんではなく朋美だった。
変なキャラクターのスタンプとともに、文章が添えてある。彼女はいつも、誰が買うんだと思ってしまうようなスタンプばかり持っている。
『おーい、その後どう? よかったらご飯でも行かないか!』
唯一の救いとばかりに目を閉じて感謝した。朋美がいなかったら、一人でもっと辛かった。
今日の夜に少し会おうという趣旨を簡潔に送ると、私は仕事モードに変更した。
朋美は不定休の仕事なので、本日は休みだったらしい。会社近くまで来てくれたので、仕事を切り上げた後、すぐに会うことができた。会社から徒歩二分の居酒屋に入る。
先に来ていた朋美は、白いTシャツとジーンズというシンプルな恰好だった。彼女の向かいに座り、ソフトドリンクを注文した。昨日赤ワインをしこたま飲んだので、今日は休肝日にしようと思ったのだ。
注文だけすると、朋美はすぐに詳細を聞いてきた。私は何一つ隠すことなくすべてを話す。高い服を躊躇なく買い与えてくれたことや、お見合い相手が登場したこと、母の服についたワインのシミを心配してくれたこと。
ちなみに、本日理人さんは約束通りラインをくれた。ずらっと並んだ履歴は、普通ならドン引きするような並びだ。私は一通も返していない。
私はその画面も朋美に見せながら、痛む良心と戦っていた。
「……というわけで、こっちのわがままは全然効いてないし、理人さんはいい人だからむしろこっちのダメージの方が大きいっていうか、もうどうしたらいいやら」
運ばれてきたウーロン茶を口にする。朋美はビールを煽りながら、私のスマホを眺めていた。そして眉間に深い皺を寄せつつ、声を出した。口の端には泡がついている。
「いや、ちょっと待ってよ。これ、おかしくない?」
私は顔を上げる。
「おかしい?」
「一昨日電話で聞いたときはさ、まあはるばる来たばっかりの婚約者を追い出すのが忍びなくて、我慢してるとかかなーって思ってたのよ」
「そう言ってたね」
「でもその後の京香の攻撃を受けて、なんでまだ相手は気分損ねてないの? 追い出すまではいかないにしても、普通苛立つしあまり関わらないようにするって。聖人でも変人でもない、これはおかしすぎる」
そうきっぱり言われると、私もこの現状が異常なのだと再確認できる。そうだ、そうなのだ。