あなたに嫌われたいんです
救世主
翌朝起きると、まだ理人さんは寝ているようだった。そういえば、今日は朝ゆっくりだと言っていた。
私は自分の分だけ簡単に朝食を食べ、そのまま家を出た。彼と顔を合わせなくてよかった、と安心した。昨晩あんな会話を交わしたあとで、どんな顔して会えばいいのか分からない。
彼の意図も結局明確には分かっていない。ただ、あちらから結婚を断ることはないのだと知った。それを踏まえて、私は一体どう動けばいいのか。
ため息をつきながら電車に揺れていると、鞄に入れてあったスマホが光った。満員電車から解放されたのち確かめてみると、理人さんだった。
『おはようございます、ラインが遅くなりました。今日も頑張ってください』
あんな会話がされた後だというのに、いまだ彼は私のわがままに付き合う気らしい。首を傾げながら返信をせずにポケットにしまいこんだ。
あまり睡眠もとらずずっと考えていた。でも答えなど出てきてくれなかった。
いくら考えても、八神ほど大きな会社がうちを潰したくなる理由なんて思い浮かばない。八神とは仕事を共にしたこともないし、関わったことすらない。
それとも、私が知らないだけで、昔何かあったのだろうか。そうだ、おじいちゃんと何か関わりがあるようなことを言っていた。でも、その祖父はとっくに亡くなっているし、お母さんだって……あの脳みそ小さな父も知らないだろう。
本当に八神がうちを睨んでいたとしたら、そんなのもう逃れられるわけがないじゃないか。
「はあーもう……あの親父があんな話に乗るから。断ってればこんなことにはならなかったのに」
改札を出て会社に歩いていく。社員のみんなが何とか平穏に過ごせる環境がほしい、それだけなのだ。うちに恨みがあったとしても、社員一人一人は関係ないだろうに。
考えながら足を進めていくと、ポケットに入っていたスマホが鳴る。ちらりとみてみると、またしても理人さんだった。ややうんざりしながら(自分が提案したくせに)画面を見てみると、やや長い文章だったので足を止める。
ある誘いが載っていた。
『昨夜、失礼なことをしてしまいすみませんでした
今日の夜、お仕事はどれくらいで終わりそうですか
よければ外食でもいかがでしょうか』
彼と向かい合って食事を取る? 迷いが生じ口を固く閉じた。一体何を話したらいいのかもう分からないからだ。嫌われる女の演技も意味がないようだし。
かといって、このまま避けるわけにもいかない。会社の命運がかかっているのだ、仕事など早く終わらせて彼に付き合うことにしよう。話し合えば何とかなるかもしれない。
すぐに返信した。直後に返ってきた。仕事終わり、こちらの会社まで迎えに来るという趣旨だったので、慌てて断った。八神の人間と会ってるなんて見られたら、社員の人たちは何事だと思うだろう。まだ、八神から援助を受けることは噂になってないのだから。