あなたに嫌われたいんです
警察が来たあと、すぐに事情を聴かれた。近くで助けを呼び戻ってきていたあのボブの女の子も現れ、私たちに必死にお礼を言っていた。男に面識はなく、まるで知らない相手だったという。その子は服装も髪型もぐちゃぐちゃになって泣いており、不憫に思った。突然背後から抱き着かれてナイフ当てられたら、そりゃ怖かったよね。
私も色々聞かれたので、今まであったことを素直に話した。警察の人は感嘆しつつも、危ない真似はしないようにと注意も受けた。怪しいと思った段階で早く通報しなさいとのことだ。尤もなんですけどね、ただ歩いているだけで通報もなあ、って普通なら思ってしまう。
男を警察に引き渡した理人さんも事情を尋ねられていた。そのまま連絡先を聞かれ、とりあえず今日はもう遅いし、足のこともあるのでまた連絡します、と言われた。そこで思い出したのだが、片足は裸足で走っていたし、転倒したこともあり、出血していたのだ。手当を申し出てくれたのを断り、自分でやりますと答えた。他人に足の手当なんてしてもらいたくない。
大分長いこと経ってやっと解放される。離れたところで話を聞かれていた理人さんもようやくこちらへ歩んできた。彼の顔はどこか怒っているような表情で、なぜか私は叱られる前の子供のように小さくなった。
「京香さん」
「あ、ど、どうも」
「色々言いたいことはあります。ですがとりあえずここを離れましょう。はあ、食事するのもどうなんでしょうか、もう今日は帰って家でゆっくり」
そう言いかけた彼は、ふと私の足を見た。そして、裏返ったような変な声を出したのだ。
「京香さん足、血が出てるじゃないですか!」
「えっ」
なんだかやけに大げさに言われたのでぽかんとしてしまった。まあ、血は出てるけど、擦り傷ぐらいだし。足の裏は痛いけど、そんな大きな声を出すほどのことではないのだが。
「あ、大丈夫です、そんな大したものでは」
「信じられない、あの男もう三発ほど殴ればよかった」
(やっぱり殴ってたんだ)
「失礼します」
そう言った彼は突然、なんとも軽々しく私を抱きかかえたので、今度は私が変な声を出す番だった。身構える隙すらなかった、なんともスムーズにお姫様だっこをされたのだ。
「いやいやいやいや歩けますけど!」
「そんな足で歩かせる男だと思ってるんですか? 少し静かにしててくださいね、困った人だ」
呆れたように低い声で言われて、私はなぜか何も言い返せなかった。体をカチコチに固め、されるがまま彼に運ばれる。警察の人がちらりとこちらを見たのが、めちゃくちゃ恥ずかしくなる。
この人生で、男性に抱っこされる日が来るなんて思ってなかった。しかも、こんなかっこいい人。
心臓が暴れまわって痛いほどになる。口から飛び出してしまうんじゃないだろうか。死因:お姫様抱っこによる緊張からの心停止って、洒落にならない。
そのまま彼は大通りに戻る。人が一気に増え、私は悲痛の声を上げた。
「理人さん! 車どこですか、人混みをこれで歩くのは勘弁してください!」
「すぐそこに停めてあったんですけどね、パトカーなどのせいで、ぐるりと回らないとたどり着けないんです」
「おろして! ここで待ってます、車回してきてください!」
「駄目です、おろしません」
「おろしておろして! おろさないと明日朝ごはん食べません!」