あなたに嫌われたいんです
混乱からか、意味の分からないことを口走る。何を言っているんだ、とあきれたが、意外にも理人さんはぴたりと足を止めた。そして眉を下げ、私をゆっくりおろす。ちょうどベンチがある場所だった。
「分かりました、すぐに戻ってきます。ここで座って待っててください」
(まさか朝ごはん食べない攻撃が効くとは)
「ほんの数分です。待っててくださいね」
それだけ言い残すと、彼は人ごみに走って消えた。私はその後ろ姿をぽかんと眺めながら見送る。しばらくして、とりあえずベンチに腰掛ける。時々不思議そうに私を見てくる通行人から隠れるように俯く。
助けてくれた。今更実感が襲ってくるけど、助けてもらったんだ。理人さんが来なかったら、私は死んでたかもしれない。
長い息を口から吐き出した。
なぜあそこに来たのか、迷わず助けてくれたのか、そう質問したい気持ちも大きかったが、それより自分の心に戸惑っていた。私は彼が助けに来てくれたことが、最高にうれしかった。あの顔を見ただけで泣きそうになり、本当は泣きながら彼に近づきたかった。
……そんな自分に、唖然としている。
(ハマったら辛いのは私だって、朋美も言ってたのに)
あの人の本心も分からないし、ああやって優しいのも演技に決まっているのに、なんて愚かなんだろうと思う。
泣きそうになっているとき、頭上から声がした。理人さんのものではなく、高い女の声だった。
「あれ、お姉ちゃん?」
ハッとして顔を上げる。やはり、そこには妹の梨々子が立っていたのだ。まさかこんな時に梨々子と会うことになるとは思わず、私は息をのんだ。
彼女は遊びの帰りなのか、それとも今から行くのか、綺麗に着飾っていた。上質なアクセサリーに、綺麗なスカート。髪はふわふわと柔らかく揺れていた。
対して私は、片足は裸足で破れたストッキング。乱れた髪にスーツ姿で、なんとなく恥ずかしくなった。片足を自然と隠したが、彼女の視線はばっちりそれをとらえていた。
「お姉ちゃん仕事帰りー? あは、もう八神の人間になるんだからあんな小さな会社なんて辞めちゃえばいいのにー」
梨々子は笑顔でそう言った。私は自然と睨みつける。あの人手不足な会社で、低賃金で必死に働いてる私がいなくなればどれほどの痛手になるのか、分かっていないらしい。私は家族ということもあり、特に周りより低い給与なのだ。
彼女は笑いながら私を上から下まで見下ろした。非常に楽しそうに続ける。
「だって八神のお嫁さんでしょ? いいなあー超お金持ちじゃん! どんな感じだった? 相手のおじさん。いやあ、お金持ちでも、私は絶対結婚できないけどね、知らない四十歳の人と急に結婚って。これからの人生全部お金で売るってことでしょ?」
「何が言いたいの。早くどっかに行ってくれない」
「冷たいなー私心配してるんだけど。同情もしてるんだよ? でもお姉ちゃんが嫁いでくれないと、会社駄目になっちゃうもんねえ。でもこれで大事な会社が守れるんだから、いいよね」
「うるさい、早く帰ったら」
いら立ちが絶頂になる。今すぐ殴ってやりたいとすら思っていた。
「分かりました、すぐに戻ってきます。ここで座って待っててください」
(まさか朝ごはん食べない攻撃が効くとは)
「ほんの数分です。待っててくださいね」
それだけ言い残すと、彼は人ごみに走って消えた。私はその後ろ姿をぽかんと眺めながら見送る。しばらくして、とりあえずベンチに腰掛ける。時々不思議そうに私を見てくる通行人から隠れるように俯く。
助けてくれた。今更実感が襲ってくるけど、助けてもらったんだ。理人さんが来なかったら、私は死んでたかもしれない。
長い息を口から吐き出した。
なぜあそこに来たのか、迷わず助けてくれたのか、そう質問したい気持ちも大きかったが、それより自分の心に戸惑っていた。私は彼が助けに来てくれたことが、最高にうれしかった。あの顔を見ただけで泣きそうになり、本当は泣きながら彼に近づきたかった。
……そんな自分に、唖然としている。
(ハマったら辛いのは私だって、朋美も言ってたのに)
あの人の本心も分からないし、ああやって優しいのも演技に決まっているのに、なんて愚かなんだろうと思う。
泣きそうになっているとき、頭上から声がした。理人さんのものではなく、高い女の声だった。
「あれ、お姉ちゃん?」
ハッとして顔を上げる。やはり、そこには妹の梨々子が立っていたのだ。まさかこんな時に梨々子と会うことになるとは思わず、私は息をのんだ。
彼女は遊びの帰りなのか、それとも今から行くのか、綺麗に着飾っていた。上質なアクセサリーに、綺麗なスカート。髪はふわふわと柔らかく揺れていた。
対して私は、片足は裸足で破れたストッキング。乱れた髪にスーツ姿で、なんとなく恥ずかしくなった。片足を自然と隠したが、彼女の視線はばっちりそれをとらえていた。
「お姉ちゃん仕事帰りー? あは、もう八神の人間になるんだからあんな小さな会社なんて辞めちゃえばいいのにー」
梨々子は笑顔でそう言った。私は自然と睨みつける。あの人手不足な会社で、低賃金で必死に働いてる私がいなくなればどれほどの痛手になるのか、分かっていないらしい。私は家族ということもあり、特に周りより低い給与なのだ。
彼女は笑いながら私を上から下まで見下ろした。非常に楽しそうに続ける。
「だって八神のお嫁さんでしょ? いいなあー超お金持ちじゃん! どんな感じだった? 相手のおじさん。いやあ、お金持ちでも、私は絶対結婚できないけどね、知らない四十歳の人と急に結婚って。これからの人生全部お金で売るってことでしょ?」
「何が言いたいの。早くどっかに行ってくれない」
「冷たいなー私心配してるんだけど。同情もしてるんだよ? でもお姉ちゃんが嫁いでくれないと、会社駄目になっちゃうもんねえ。でもこれで大事な会社が守れるんだから、いいよね」
「うるさい、早く帰ったら」
いら立ちが絶頂になる。今すぐ殴ってやりたいとすら思っていた。