あなたに嫌われたいんです
私はただ愕然と、その場に立ち尽くすしかない。
父は笑顔で立ち上がった。
「とりあえず、婚約者としてあちらへ行くことが決まってるんだ。明後日な」
「あ、明後日?」
「荷物準備しておけよ。まずはやはり相性を見るために、結婚前に一緒に住んでみろと優しい提案をされたんだ。これがあちらの住所。息子さんが一人暮らししてるマンションらしい」
差し出されたメモには汚い字が羅列していた。展開がめまぐるしく、頭がついていかない。
明後日、勝手に決められた結婚相手のところに同棲しに行けと。向こうがどんな人か、どんな顔かも知らないのに。
もう何も反論できなかった私は、メモだけ握りしめてリビングを後にした。やつらの顔をこれ以上見ていたくなかったのだ。
どうすればいい。自室で必死に考えた。
元々使っていた自分の部屋は梨々子にとられたので、物置として使っていた狭い部屋を自分用にしている。別にこれでよかった、狭い場所は意外と落ち着くし、リビングから離れているので一人になれるから。
ここで必死に机にかじりつき、勉強していた日々が懐かしい。こんな形で終わりがくるとは思ってなかった。
知らない中年男のもとへ嫁ぐ? いや、百歩譲ってそれはいい。昔の人はお見合いで相手のことをよく知りもせずに結婚したのだ。会えば中身はいい人かもしれない。だが、それは私が嫁ぐことによって会社が救われるなら、だ。
このままじゃ結局父による横暴な経営が続くことになる。どうせ長く続かないくせに。そこでまた傾いたら、八神はどうするんだろうか。助けてくれる? 見捨てる? その時買収の話はうまくいくだろうか。もしそのまま倒産ということになったら、会社のみんなは困るし、私だって嫁ぎ損だ。
それに、父たちが八神と親戚になるだなんて。あんな家族とつながってしまう八神に同情してしまう、やつらの本性を知らないのだ。今後のことを考えるとゾッとする。
でもこの話を断れば八神を怒らせることになるだろう。明後日から同居が始まるというとこまで話は進んでいるのに、ここで私が逃げ出したなら。
ああ、どうしてこんなことになったの。全部うまくいくはずだったのに。
必死に考えを巡らせた。私にとって一番いいのは何だろう? そりゃもちろん、八神を怒らせることなくこの話をなしにしてもらい、元あった買収話に戻ること。父たちは自分勝手なことができなくなり、困ればいい。
(どうすれば穏便にこの話をなしにできるだろう?)
向こうに父たちのことを話したらどうか。事情を話せば分かってくれるかも。でもそれはそれで、八神からすれば契約違反だろう。ここまで話を進めといて、と怒る理由になるかもしれない。
じゃあ、どうすれば……
そう考えるも、混乱しているのかまるで頭が回らない。ため息をついて手で顔を覆う。涙があふれてきそうだった、あまりに悔しくてたまらない。
小さいころは大好きなお父さんだったのに、結局私を道具としてしか見てなかった。娘に黙って勝手に結婚を決めてくるなんて、愛していたらできっこない。それがいまさら、悲しい。
父は笑顔で立ち上がった。
「とりあえず、婚約者としてあちらへ行くことが決まってるんだ。明後日な」
「あ、明後日?」
「荷物準備しておけよ。まずはやはり相性を見るために、結婚前に一緒に住んでみろと優しい提案をされたんだ。これがあちらの住所。息子さんが一人暮らししてるマンションらしい」
差し出されたメモには汚い字が羅列していた。展開がめまぐるしく、頭がついていかない。
明後日、勝手に決められた結婚相手のところに同棲しに行けと。向こうがどんな人か、どんな顔かも知らないのに。
もう何も反論できなかった私は、メモだけ握りしめてリビングを後にした。やつらの顔をこれ以上見ていたくなかったのだ。
どうすればいい。自室で必死に考えた。
元々使っていた自分の部屋は梨々子にとられたので、物置として使っていた狭い部屋を自分用にしている。別にこれでよかった、狭い場所は意外と落ち着くし、リビングから離れているので一人になれるから。
ここで必死に机にかじりつき、勉強していた日々が懐かしい。こんな形で終わりがくるとは思ってなかった。
知らない中年男のもとへ嫁ぐ? いや、百歩譲ってそれはいい。昔の人はお見合いで相手のことをよく知りもせずに結婚したのだ。会えば中身はいい人かもしれない。だが、それは私が嫁ぐことによって会社が救われるなら、だ。
このままじゃ結局父による横暴な経営が続くことになる。どうせ長く続かないくせに。そこでまた傾いたら、八神はどうするんだろうか。助けてくれる? 見捨てる? その時買収の話はうまくいくだろうか。もしそのまま倒産ということになったら、会社のみんなは困るし、私だって嫁ぎ損だ。
それに、父たちが八神と親戚になるだなんて。あんな家族とつながってしまう八神に同情してしまう、やつらの本性を知らないのだ。今後のことを考えるとゾッとする。
でもこの話を断れば八神を怒らせることになるだろう。明後日から同居が始まるというとこまで話は進んでいるのに、ここで私が逃げ出したなら。
ああ、どうしてこんなことになったの。全部うまくいくはずだったのに。
必死に考えを巡らせた。私にとって一番いいのは何だろう? そりゃもちろん、八神を怒らせることなくこの話をなしにしてもらい、元あった買収話に戻ること。父たちは自分勝手なことができなくなり、困ればいい。
(どうすれば穏便にこの話をなしにできるだろう?)
向こうに父たちのことを話したらどうか。事情を話せば分かってくれるかも。でもそれはそれで、八神からすれば契約違反だろう。ここまで話を進めといて、と怒る理由になるかもしれない。
じゃあ、どうすれば……
そう考えるも、混乱しているのかまるで頭が回らない。ため息をついて手で顔を覆う。涙があふれてきそうだった、あまりに悔しくてたまらない。
小さいころは大好きなお父さんだったのに、結局私を道具としてしか見てなかった。娘に黙って勝手に結婚を決めてくるなんて、愛していたらできっこない。それがいまさら、悲しい。