あなたに嫌われたいんです
暮らし始めたとき、梨々子には罪はないと思っていた。父が外で作った愛人との子供なのだし、それまでは生活もそんなに裕福ではなかったらしい。父親ともたまにしか会えなかったらしいし、彼女も被害者の一人だと思っていた。
でもあの父の遺伝子をしっかり受け継いでいたこの子は、母の形見に手を出したり、私に嫌味を言ったりと、決して許せないことをやってきた。私を好きになれとは言わないが、こっちは何もしていないのに散々な仕打ちだ。
梨々子は勝ち誇ったような目でこちらを見ている。今までずっと陰で生きていた子が、母の死によりようやく光の当たる場所に出てこれた、そんな感じだ。
「でもお姉ちゃん可哀そう、そんなに守りたいと思ってる会社、結局継げないなんて。梨々子、頑張るからね」
「安心して。あの父親の経営じゃあんたの番まで回ってこないんだから」
「えーでも八神がついててくれれば何とかなるでしょう? それとも、もしかしてお姉ちゃんもう八神のおじさんに追い出されちゃった? はたまた暴力男だったとか?」
私の足元を見て彼女は言った。言い返そうとするより前に、梨々子の笑い声がする。
「でも、お姉ちゃんは会社のために逃げたりしないよね。あんなに勉強して、安い給料でも文句言わずに働くくらい大事な会社なんだもんねー。相手がDVでも浮気男でもきっと我慢できるよね。
私は無理だけど。結婚するなら、若くてかっこよくて、身長も高い人がいいなー」
嘲笑うように言い続ける妹に、頭痛すら覚えた。怒りで沸騰しそう、という表現はこういうときがふさわしい。
もし万が一、いずれこの子があの会社を継ぐことになったら、私は正気でいられないと思う。
悔しさで拳を強く握りしめた時だった。背後から、車のドアが閉まる音がし、同時に声が聞こえたのだ。
「京香さん、お待たせしました!」
はっとして振り返る。やはり、理人さんが現れたのだ。背後にはあの高級車がある。彼は私の隣に来ると、梨々子の存在に気が付いた。
梨々子はというと、突然現れた理人さんに目を丸くしている。ぽかんとしながら、私と彼を交互に見た。
「え、だ、だれ? あ、もしかして、もう浮気相手とか」
「はい?」
理人さんが声を低くし、怪訝そうに言った。私は彼に言う。
「妹の梨々子です」
妹とすら呼びたくなかったのだが仕方がない。彼はああ、と頷き、にこやかに梨々子に向き合った。
「妹さんですか。初めまして、八神理人と言います」
「え、八神?」
「お姉さまと結婚する予定の、八神理人です」
梨々子は驚愕の顔をして数歩後ずさった。彼女の中で、私の結婚相手はもっと年上のお腹が出た男性だと思い込んでいたので、その衝撃たるや凄いのだろう。小さく首を振っていった。
「え、だ、だって、八神って、四十くらいのおじさんで」
「ああ、それ、どこかで情報の食い違いがあったんですよね。それは兄です、もう結婚しています。今回結婚する予定なのは私です」
梨々子は真っ青な顔をして私を見る。私はそれに気づかないふりをした。
ちょっと気持ちよかったかも。理人さんとは結局結婚なんてしない予定だから、こんなことでドヤってもしょうがないんだけど、今だけいいではないか。
あんたが散々笑っていた結婚相手、顔よし、高収入、高身長の男だぞ! やーい!
理人さんはすぐに私のそばにしゃがみこんだ。
「では帰りましょう、お待たせしてすみませんでした。その足の手当をすぐにしないと。あなたの綺麗な肌に痕が残ったら」
なんだか普段より物言いが大げさな気がする。でも私は何も言わず、当然のように頷いた。
「はい、帰りましょう」
差し出された彼の手を素直にとり、私は梨々子に一度だけ笑いかけた。あの子は何も言わなかった。そして二人ですぐ後ろに停められた高級車に乗り込み、梨々子を残したまま街から出たのだった。
でもあの父の遺伝子をしっかり受け継いでいたこの子は、母の形見に手を出したり、私に嫌味を言ったりと、決して許せないことをやってきた。私を好きになれとは言わないが、こっちは何もしていないのに散々な仕打ちだ。
梨々子は勝ち誇ったような目でこちらを見ている。今までずっと陰で生きていた子が、母の死によりようやく光の当たる場所に出てこれた、そんな感じだ。
「でもお姉ちゃん可哀そう、そんなに守りたいと思ってる会社、結局継げないなんて。梨々子、頑張るからね」
「安心して。あの父親の経営じゃあんたの番まで回ってこないんだから」
「えーでも八神がついててくれれば何とかなるでしょう? それとも、もしかしてお姉ちゃんもう八神のおじさんに追い出されちゃった? はたまた暴力男だったとか?」
私の足元を見て彼女は言った。言い返そうとするより前に、梨々子の笑い声がする。
「でも、お姉ちゃんは会社のために逃げたりしないよね。あんなに勉強して、安い給料でも文句言わずに働くくらい大事な会社なんだもんねー。相手がDVでも浮気男でもきっと我慢できるよね。
私は無理だけど。結婚するなら、若くてかっこよくて、身長も高い人がいいなー」
嘲笑うように言い続ける妹に、頭痛すら覚えた。怒りで沸騰しそう、という表現はこういうときがふさわしい。
もし万が一、いずれこの子があの会社を継ぐことになったら、私は正気でいられないと思う。
悔しさで拳を強く握りしめた時だった。背後から、車のドアが閉まる音がし、同時に声が聞こえたのだ。
「京香さん、お待たせしました!」
はっとして振り返る。やはり、理人さんが現れたのだ。背後にはあの高級車がある。彼は私の隣に来ると、梨々子の存在に気が付いた。
梨々子はというと、突然現れた理人さんに目を丸くしている。ぽかんとしながら、私と彼を交互に見た。
「え、だ、だれ? あ、もしかして、もう浮気相手とか」
「はい?」
理人さんが声を低くし、怪訝そうに言った。私は彼に言う。
「妹の梨々子です」
妹とすら呼びたくなかったのだが仕方がない。彼はああ、と頷き、にこやかに梨々子に向き合った。
「妹さんですか。初めまして、八神理人と言います」
「え、八神?」
「お姉さまと結婚する予定の、八神理人です」
梨々子は驚愕の顔をして数歩後ずさった。彼女の中で、私の結婚相手はもっと年上のお腹が出た男性だと思い込んでいたので、その衝撃たるや凄いのだろう。小さく首を振っていった。
「え、だ、だって、八神って、四十くらいのおじさんで」
「ああ、それ、どこかで情報の食い違いがあったんですよね。それは兄です、もう結婚しています。今回結婚する予定なのは私です」
梨々子は真っ青な顔をして私を見る。私はそれに気づかないふりをした。
ちょっと気持ちよかったかも。理人さんとは結局結婚なんてしない予定だから、こんなことでドヤってもしょうがないんだけど、今だけいいではないか。
あんたが散々笑っていた結婚相手、顔よし、高収入、高身長の男だぞ! やーい!
理人さんはすぐに私のそばにしゃがみこんだ。
「では帰りましょう、お待たせしてすみませんでした。その足の手当をすぐにしないと。あなたの綺麗な肌に痕が残ったら」
なんだか普段より物言いが大げさな気がする。でも私は何も言わず、当然のように頷いた。
「はい、帰りましょう」
差し出された彼の手を素直にとり、私は梨々子に一度だけ笑いかけた。あの子は何も言わなかった。そして二人ですぐ後ろに停められた高級車に乗り込み、梨々子を残したまま街から出たのだった。