あなたに嫌われたいんです

 

 家に帰るとまず、シャワーを浴びるように言われた。傷口も綺麗にしないと雑菌が入るといわれ、私は素直に従った。

 服を脱いでお湯を浴びると、ところどころ染みる。そこでようやく、足以外も傷が出来ていることに気が付いたのだ。思えば男に引っ張られて転んだし、当然ともいえる。多分アドレナリンがたくさん出てて、痛みに気づかなかった。

 肘に背中もすりむいていた。染みるのをこらえながらなんとか簡単にシャワーを終え、パジャマを着た姿でリビングに入った。そこにはローテーブルに救急箱を置いた理人さんが、ソファに座って待ち構えていた。彼は私の方を見ると、じろりと目を座らせてため息をついた。私はなんだか居心地が悪く、小さくなる。

「こちらへ来てください」

「い、いや、救急箱お借りして、自分の部屋で」

「いいから来てください」

 強く言われ、従うしかなかった。私はそっと理人さんの隣に腰かける。彼は救急箱を開けながら、眉間に皺を寄せて言う。

「まったく! なんて危険なことをしたんですか。あなたは女性なんですよ? そりゃ、目の前で襲われている人がいれば助けようとするのはあなたらしいですが、男の助けを呼ぶとかほかに方法はあるでしょう」

「は、はあ」

「先に警察に電話をしておいたのはさすがですけどね」

「あの、理人さんはなぜあそこに?」

「駅前で車の中からあなたを見つけたんです。待ち合わせとは反対方向に、しかもやけに前方を気にしながら歩く姿が気になって。すぐに追ったんですが、こちらは車ですし時間差が出来てしまった。やっと近くに入ったら男から追われている京香さんを見つけた、というわけです」

「なるほど」

「まず肘」

 私はもはや素直に差し出すしかなかった。彼はじっと傷口を見、傷を覆ってくれた。次にソファ下にしゃがみ込んだのを見て、私は慌てて声を上げる。

「足はいいです、自分でやりますから!」

「却下」

「恥ずかしいんですよ、セクハラです!」

「なんとでも言えばいい」

 必死に足を隠す私に対し、彼はサラリとそれに触れて裾をまくり上げた。理人さんに足を触れられたことで、顔が真っ赤になる。当の本人はまるで気にしてるそぶりはなく、傷まみれの足をいろんな角度から観察した。
 
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