あなたに嫌われたいんです
 その言葉は何? 泣きそうにも見える表情は? 一体、何を思っているの。

 何かが変だ。

 私たちは、何かがすれ違っている気がする。

「りひとさ」

「あなたの気持ちはよく分かりました。父にも伝えます。昨日はあんなことをしてすみませんでした」

 そう早口に言うと、理人さんはすっと私の横を通り過ぎた。一瞬唖然とした自分はすぐに正気に戻り、慌てて呼びかける。

「理人さん!」

 しかし彼は振り返らなかった。そのままリビングを飛び出し、玄関へ向かっていく。慌てて追いかけるも、玄関を出たときにはもうエレベーターの扉が閉まっているところだった。

 最上階から階段で下りて追いつけるはずがない。私は急いで部屋に戻り、スマホを取り出して理人さんに掛けた。

 さっきの発言の意味はなんだろう。私は理人さんとの結婚が嫌だなんて一言も言っていない。むしろ、彼に好意を持ってしまった愚かな人間なのだ。

 それにもしそうだとして、なんで理人さんがあんな悲しそうにする必要があるの? 

 電話は繋がらなかった。何度かかけなおすも、それは変わらなかった。ラインでメッセージを送っても、既読になることはない。

「……どうなってるの。お父様にいうって、言ってくれたけど」

 婚約の破棄を了承してくれた、っていう意味だよね? そしてうちの会社から手を引いてくれるよう、説得してくれる?

「なんだろう、なんか……釈然としない」

 私の焦る声が、一人きりになったリビングに響いた。
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