あなたに嫌われたいんです
 理人さんの方を見る。彼はやや困ったように、だが微笑みながら言った。

「マンションの前でばったり会いまして。あなたの荷物を運び出す手伝いに来たそうです」

「すごいマンションでびっくりしちゃったー! こんなとこに住んでたなんてお姉ちゃん羨ましいー!」

 私は立ち尽くしたまま返事が出来なかった。理人さんと最後に話し合える唯一の機会だったのに、梨々子がいたんじゃ話せるわけがない。

 荷物を運ぶ手伝い? あの子が散々私物を取っていったせいで、鞄一つしかなかったのを知ってるはずじゃないか。そんなの口実だ、梨々子は理人さんに会いに来たのだ。

 案の定、梨々子は理人さんに甘ったるい声を掛けた。

「理人さん凄いですー! こんなかっこよくて優しくて、完璧すぎる!」

「いえ、とんでもないです。上がってください」

「はーい。あはは、緊張しちゃうー」

 靴を脱いで二人が歩いてくる。理人さんは私の顔を見て、首を傾げた。

「京香さん?」

「……は、い」

「とりあえず、せっかく妹さんも来てくださったので、お茶でも飲みますか」

 優しい声で言ったその言葉が憎かった。分かってる、彼は悪くない。妹が今まで私にしてきた仕打ちを何一つ知らないんだから。

 梨々子は意味深な顔で微笑み、私の顔を覗き込んだ。

「お姉ちゃん、お邪魔しまーす。あ、お姉ちゃんにはもういう必要ないか」

 睨む気力すらない。

 私を通りこえて、二人はリビングへ入っていく。梨々子の感嘆の声が聞こえた。その高い声が耳障りで、頭痛を覚える。

 どうして、どうしてこんなに上手く行かないの。

 泣きそうになるのを隠した。少なくとも、梨々子に泣き顔だけは見られたくない。私は歯を食いしばって堪えると、仕方ないのでリビングへ続いた。

 入ると、梨々子はリビング中央で顔を輝かせながら周りを見渡している。理人さんは持っていた鞄を適当に置き、梨々子に話しかける。

「どうぞ適当に座ってください」

「ありがとうございます、私感動しちゃって……」

「紅茶はお好きですか」

「大好きです!」

 何でもない会話が私の神経を逆なでさせる。理人さんがこちらを振り返り、キッチンへ入ろうとし、再度不思議そうに私の顔を覗き込んだ。

「……京香さん? どうしました?」

 私と妹の関係性を知らない彼からすれば、私の態度が不思議なのかもしれない。妹が手伝いに来てくれたのに、一体どうしたんだと。

 私は小さく首を振るしかない。梨々子本人の前で何か言うのは無理だ。
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