あなたに嫌われたいんです
「朝食、作ってくれてたんですか?」

「えっ?」

「今日の朝。もしかして、待っててくれてたんですか?」

 あっと思い出す。ゴミ箱だ。梨々子にお茶を淹れるとき、きっと私が捨てた朝食たちに気づいたに違いない。私は何とか頷いた。

「電話もしたし、ラインもしたんですが返ってこなかったので……」

 すると彼は、はあーっと大きなため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。力が抜けた、というような感じだ。私は慌てて隣に座り、声を掛ける。

「理人さん?」

「……あなたは人を振り回しすぎる。何を考えているのかよく分からない。泣きながら結婚をなしにしてほしいと願ったり、なのに朝食を作って待ってるし、望み通り結婚を白紙にしてもどこか嬉しそうじゃない」

 本当に混乱しているように彼は言った。そして顔を上げる。至近距離で目が合い、つい胸が大きく鳴ってしまった。理人さんは叱られた子供のような、そんな表情をしている。私は何も声が出せなかった。

「いつだって、あなたは僕を振り回す」

 一言一言かみしめるように、彼はそう言った。

 非難しているというより、困っているような言い方だった。でも、それは私も同感なのに。理人さんほど、私の気持ちを振り回した人がいただろうか。私がどんなに嫌なことをしてもいつも笑顔で受け入れていた。演技だとは思えないほどまっすぐな態度で。

 私は素直に口にした。

「それは、私だって分からないです。理人さんが何を思っているのか……ううん、きっとお父様の考えがあってでしょうが、私が結婚をなしにしてほしいってお願いしたときはあんなに悲しそうにして……」

「父?」

「え?」

「なぜそこで父のことが出てくるんですか?」

 不思議そうに首を傾げる。私も釣られて首を傾げてしまった。

「今回の援助や結婚の話です、お父様の提案でしょう?」

「ああ、まあ、そうですね……」

「うちに強い恨みがあるようですが、理人さん自身は直接は関係ないだろうから、あなたの良心に賭けたところがあるといいますか」

「恨み?」

「え?」

「恨みって何ですか? うちがあなたの会社にあるのは恩だと伝えているはずですが」

 きょとんとして彼は言った。私はやや眉をひそめて正直に言った。
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