あなたに嫌われたいんです
 違った? だから私の我儘もニコニコして聞いていたと思っていたのに。

「色々突っ込みたいことはある。でもそもそもなぜそんな回りくどい物事の考え方なんだ? 五十嵐に恩があると言っていた父の話を信じる方がずっと簡単だったはず」

「だって、理人さん変じゃないですか! 私が散々嫌われるように仕向けても、全部受け止めて笑ってる。あんなめちゃくちゃな女と結婚するなんて、裏があるって思うに決まってます!」

 私はきっぱり言い切った。そう、そうなのだ。理人さんがあれだけ優しくなければ、この結婚に裏があるかもなんて思わなかったかもしれない。

 彼は目を丸くして私を見た。なぜか泣きそうになってしまった自分は、唇を震わせてしまう。

「理人さんは隠し事があるって言ってたし……そっちから結婚をなしにはしないとも言ってたし……だから私」

 ついにぽろっと目から水が零れた。

 彼に嫌われたくて散々演技した。でも全然効いてなくて、むしろ私が向こうに引きずられて好きになってしまった。今回の駆け引きは私の完敗なのである。

 理人さんは私に向き直った。そしてそっと人差し指で私の涙を拭いた。

「すみません、まさかそんなふうに思われているなんて……裏があるのは違いありません」

「え?」

「でも、それはあなたが思ってるよりずっと簡単なこと。と、いうか……普通気づくと思うんですけど。僕さんざん意思表示したつもりなんだけどなあ」

 困ったように理人さんが笑う。ついその笑顔に胸をときめかせた。

 私が思っていたこととは違うようだ。では、裏とはいったい何なのか?

 理人さんは無言でソファに近づき、先ほど置いたばかりの仕事用の鞄を手にした。そして私に声を掛ける。

「答えを言うのは簡単ですが、僕の口からでは信じられないといわれるかもしれない。なので、こうなったら本人に確かめに行きましょう」

「本人」

「出かけます。あなたの妹、もうあきらめて帰ってくれてるといいですがね」

 そういった理人さんは私の手をとり、リビングから出た。握られた手は熱く、手のひらに少しだけ汗をかいていた。

 そんな体温が何とも言えないほど愛しく、私は微かな力で握り返すしかできなかった。


 
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