あなたに嫌われたいんです
それでも私ははっと思い出し聞いた。
「で、でもそのあと、うちは仕事を切られたって」
「何言ってるんだ。あなたのおじいさまが断ったんだよ、八神から仕事は受けない、他を当たってくれって」
(嘘でしょおじいちゃん、どんなハートの持ち主なの)
「いやあ、あれほど物怖じせず突き進む人は珍しいよね。ははは! 私は感心してるんだ、いつか改まって謝罪とお礼を、と考えていたのだが、なかなかタイミングもなく、おじいさまは早くに亡くなられて……」
私は頭の中で聞いた話を整理する。鬼頭さんから聞いた話と、流れは間違っていなかった。でも、受け取り方が180度違った。私は怒鳴り込み事件で恨みを買っていると思っていたけど、本当に八神社長は恩と思っていたんだ。
ということは、うちへの援助も、本当に善意から……ということ?
私の考えの答えを言うように、八神社長は頷いた。
「君のところの会社が経営難だという噂は聞いていた。そしてついに買収されるとも。
おじいさまには直接お礼をできなかったから、今こそ役立ちたいと思ったんだ。君のお父様に話を聞いてみれば、ちゃんと立て直す計画もあるらしかったから」
「え?」
「え?」
つい低い声が漏れる。社長は不思議そうに私の顔を覗き込む。そこで、ずっと黙っていた理人さんが口を開いた。彼も私に負けず低い声を出す。
「そこなんだ、父さん。五十嵐の会社が傾きだしたのは、京香さんのお母様が亡くなってから。どうも、現経営者が随分無茶苦茶な経営を行ってきたようだ」
「え?」
社長が目を丸くする。理人さんが視線で私に合図をしたので、正直に父のことと会社のことについても話した。私は社員として働いているので内部は分かる。二人は真剣な面持ちで私の話に耳を傾けてくれた。
時々質問も飛び込んできた。それには素直に答えた。そうすると、やや本題からずれる家庭内の話も言う羽目になった。母が亡くなったあと入ってきた後妻や義妹のこと、三人揃って無理な贅沢を繰り返したことが要因だとも。私は会社を継ぐことなく、義妹に託すつもりだと宣言されたことも話した。だから私は、結婚をなしにして援助を断ってもらい、買収されるのが目的だったとも。
理人さんは顔を真っ青にし、倒れるんじゃないかと心配になるほどの顔色になっていた。無言で話を聞き続けた社長は、最後に長い溜息を吐き出し、すぐさま私に頭を下げた。深々とされたお辞儀に、私は驚き慌てふためいた。
「あ、あの」
「そんな状況だったとは知らなかった……私の認識が甘かった。まさか、こちらの援助が逆にあなたを苦しめていたとは」
「いいえ、知らなくて当然なんです! 八神社長は善意でしていただいたのですし、謝られることでは」
「私はあなたの父親から聞いた話を鵜呑みにしていた。彼はね、あなたのお母様が生前、大きく会社を傾かせてしまっていて、それを立て直すのに必死だったと言っていたんだ。それにプラスして部下が大きな損失を出してしまったので大変だったと……それは八神のバックアップがあればきっと立て直せるはず、と言ったセリフを信じて」
「まさか! 全部嘘です! 母がいた頃は私は高校生でしたから知りませんが、会社にいるみんなは証言してくれます、母がいたころは良かったってみんな言ってるんです!」
「もちろんあなたの言うことを疑っていない。ああ、まさか、裏はそんなことだったなんて」
頭を上げた社長は表情をゆがめていた。それは悔しさと、どこか怒りを覚えた顔だった。父に騙されたようなものなのだ、彼の怒りは尤もなことだ。
すると静かに、理人さんが声を上げた。
「父さん、この一件は僕に任せてくれないか。考えがある」
理人さんの言葉に、八神社長は隣を見る。静かに怒りに燃えている理人さんの表情を見て、ほう、と声を上げた。
「で、でもそのあと、うちは仕事を切られたって」
「何言ってるんだ。あなたのおじいさまが断ったんだよ、八神から仕事は受けない、他を当たってくれって」
(嘘でしょおじいちゃん、どんなハートの持ち主なの)
「いやあ、あれほど物怖じせず突き進む人は珍しいよね。ははは! 私は感心してるんだ、いつか改まって謝罪とお礼を、と考えていたのだが、なかなかタイミングもなく、おじいさまは早くに亡くなられて……」
私は頭の中で聞いた話を整理する。鬼頭さんから聞いた話と、流れは間違っていなかった。でも、受け取り方が180度違った。私は怒鳴り込み事件で恨みを買っていると思っていたけど、本当に八神社長は恩と思っていたんだ。
ということは、うちへの援助も、本当に善意から……ということ?
私の考えの答えを言うように、八神社長は頷いた。
「君のところの会社が経営難だという噂は聞いていた。そしてついに買収されるとも。
おじいさまには直接お礼をできなかったから、今こそ役立ちたいと思ったんだ。君のお父様に話を聞いてみれば、ちゃんと立て直す計画もあるらしかったから」
「え?」
「え?」
つい低い声が漏れる。社長は不思議そうに私の顔を覗き込む。そこで、ずっと黙っていた理人さんが口を開いた。彼も私に負けず低い声を出す。
「そこなんだ、父さん。五十嵐の会社が傾きだしたのは、京香さんのお母様が亡くなってから。どうも、現経営者が随分無茶苦茶な経営を行ってきたようだ」
「え?」
社長が目を丸くする。理人さんが視線で私に合図をしたので、正直に父のことと会社のことについても話した。私は社員として働いているので内部は分かる。二人は真剣な面持ちで私の話に耳を傾けてくれた。
時々質問も飛び込んできた。それには素直に答えた。そうすると、やや本題からずれる家庭内の話も言う羽目になった。母が亡くなったあと入ってきた後妻や義妹のこと、三人揃って無理な贅沢を繰り返したことが要因だとも。私は会社を継ぐことなく、義妹に託すつもりだと宣言されたことも話した。だから私は、結婚をなしにして援助を断ってもらい、買収されるのが目的だったとも。
理人さんは顔を真っ青にし、倒れるんじゃないかと心配になるほどの顔色になっていた。無言で話を聞き続けた社長は、最後に長い溜息を吐き出し、すぐさま私に頭を下げた。深々とされたお辞儀に、私は驚き慌てふためいた。
「あ、あの」
「そんな状況だったとは知らなかった……私の認識が甘かった。まさか、こちらの援助が逆にあなたを苦しめていたとは」
「いいえ、知らなくて当然なんです! 八神社長は善意でしていただいたのですし、謝られることでは」
「私はあなたの父親から聞いた話を鵜呑みにしていた。彼はね、あなたのお母様が生前、大きく会社を傾かせてしまっていて、それを立て直すのに必死だったと言っていたんだ。それにプラスして部下が大きな損失を出してしまったので大変だったと……それは八神のバックアップがあればきっと立て直せるはず、と言ったセリフを信じて」
「まさか! 全部嘘です! 母がいた頃は私は高校生でしたから知りませんが、会社にいるみんなは証言してくれます、母がいたころは良かったってみんな言ってるんです!」
「もちろんあなたの言うことを疑っていない。ああ、まさか、裏はそんなことだったなんて」
頭を上げた社長は表情をゆがめていた。それは悔しさと、どこか怒りを覚えた顔だった。父に騙されたようなものなのだ、彼の怒りは尤もなことだ。
すると静かに、理人さんが声を上げた。
「父さん、この一件は僕に任せてくれないか。考えがある」
理人さんの言葉に、八神社長は隣を見る。静かに怒りに燃えている理人さんの表情を見て、ほう、と声を上げた。