あなたに嫌われたいんです
「そうですね。そうすればいいと思います。リビングへどうぞ」
そう言った彼は、何も態度を変えることなく、さっさと歩きだしたのだ。
拍子抜けしてしまった。てっきり、嫌な顔をされると思っていた。それなのにまさか受け入れられるなんて。もしかして、金持ちから見れば常識だった? 私物をたくさん持ち込む方が非常識で、向こうのインテリアや趣味に合わせたものを買いそろえるのが普通なのだろうか。
失敗を顧みつつ、とりあえずその背を追ってリビングへ入った。そこはあまりに広く、景観もよく唖然としてしまった。
高い天井に大きな窓。そこからは絶景の景色が見えた。モデルルームのように磨き抜かれた部屋には、シンプルだが高そうな家具が置いてある。ガラスのテーブルには指紋一つない。
あっけにとられ永が部屋を見渡す。
「適当に座ってください」
声を掛けられ、とりあえずソファに近寄った。革の黒いソファだ。隅に座ろうとして、思いとどまる。私は中央にどんと、足を組んで腰かけた。
落ち着かない。
こんな広い場所に住んでいるの? もはや教室じゃん。やっぱり私の実家って大したことなかったんだな。
そわそわしているのを隠すように、窓からの景色を眺める。しばらくすると、目の前にティーカップが置かれた。紅茶のようだった。香りが鼻につく。
「紅茶、好きですか?」
「は、はい。いただきます」
そこは素直に受け取っておく。早速手に取り、湯気の出るそれを啜った。実は紅茶は私の好物なのだが、安く買えるペットボトルの紅茶ぐらいしか飲んだことがなく、味と香りの深さに驚かされる。
感激していると、いつのまにか隣に理人さんが座っていた。私に尋ねる。
「お味はいかがですか」
「はい、美味し……!
……いかな? ううん、アイスの方がよかったかも」
素直に感想を言おうとして止まった。だから、ちょっとずつ嫌な人間にならなきゃ。向こうの神経を逆なでする、絶妙に嫌な発言を頑張るんだ。八神の御曹司が、せっかく自らお茶をいれたというのに、この言い方はイラっとするはず。
ちらりと隣を見てみる。そこでまたしても毒毛を抜かれる。理人さんは、優しい目でこちらをみたまま同意したのだ。
「そうですね、外も結構暑くなってきましたもんね。気がきかずすみません。氷、持ってきます」
そう言った彼は、気分を害した様子もなくキッチンへと立って行った。私はぽかんと口を開けたまま、その後ろ姿を見送る。
(いや、なんで素直に謝ってるの? こんな失礼なこと言われて、八神の御曹司がなぜ怒らない?)
唖然としてしまう。当初の予定とあまりに違ってしまい、動揺が隠せない。
私の想像ではこうだ。気難しくて理想が高い四十の男が、私の発言に嫌な顔をして、すぐさま家を追い出すかもしくは結婚について話し合いをする。僕はこんな話納得してませんが、あなたはどうですか、などと言われて、あとは上手く婚約破棄に持っていくはずだった。
それがまず登場人物からして違うのだが、どうすればいいのだ?
(理人さんのお父さんから、よっぽど強く結婚するように言われてるんだろうか。でもそれも変な話だよなあ、恩人の孫だからと言っても、面識のない女にそこまで執着する意味が分からない。でも会社的にも利益なんて向こうはないはずで……)
「氷、置いておきますね」
「あ、はい!」
理人さんは氷をアイスペールに入れて持ってきてくれた。実際のところ熱い紅茶は十分美味しいのだが、言った手前仕方がないので氷を入れて温度を冷ます。
そう言った彼は、何も態度を変えることなく、さっさと歩きだしたのだ。
拍子抜けしてしまった。てっきり、嫌な顔をされると思っていた。それなのにまさか受け入れられるなんて。もしかして、金持ちから見れば常識だった? 私物をたくさん持ち込む方が非常識で、向こうのインテリアや趣味に合わせたものを買いそろえるのが普通なのだろうか。
失敗を顧みつつ、とりあえずその背を追ってリビングへ入った。そこはあまりに広く、景観もよく唖然としてしまった。
高い天井に大きな窓。そこからは絶景の景色が見えた。モデルルームのように磨き抜かれた部屋には、シンプルだが高そうな家具が置いてある。ガラスのテーブルには指紋一つない。
あっけにとられ永が部屋を見渡す。
「適当に座ってください」
声を掛けられ、とりあえずソファに近寄った。革の黒いソファだ。隅に座ろうとして、思いとどまる。私は中央にどんと、足を組んで腰かけた。
落ち着かない。
こんな広い場所に住んでいるの? もはや教室じゃん。やっぱり私の実家って大したことなかったんだな。
そわそわしているのを隠すように、窓からの景色を眺める。しばらくすると、目の前にティーカップが置かれた。紅茶のようだった。香りが鼻につく。
「紅茶、好きですか?」
「は、はい。いただきます」
そこは素直に受け取っておく。早速手に取り、湯気の出るそれを啜った。実は紅茶は私の好物なのだが、安く買えるペットボトルの紅茶ぐらいしか飲んだことがなく、味と香りの深さに驚かされる。
感激していると、いつのまにか隣に理人さんが座っていた。私に尋ねる。
「お味はいかがですか」
「はい、美味し……!
……いかな? ううん、アイスの方がよかったかも」
素直に感想を言おうとして止まった。だから、ちょっとずつ嫌な人間にならなきゃ。向こうの神経を逆なでする、絶妙に嫌な発言を頑張るんだ。八神の御曹司が、せっかく自らお茶をいれたというのに、この言い方はイラっとするはず。
ちらりと隣を見てみる。そこでまたしても毒毛を抜かれる。理人さんは、優しい目でこちらをみたまま同意したのだ。
「そうですね、外も結構暑くなってきましたもんね。気がきかずすみません。氷、持ってきます」
そう言った彼は、気分を害した様子もなくキッチンへと立って行った。私はぽかんと口を開けたまま、その後ろ姿を見送る。
(いや、なんで素直に謝ってるの? こんな失礼なこと言われて、八神の御曹司がなぜ怒らない?)
唖然としてしまう。当初の予定とあまりに違ってしまい、動揺が隠せない。
私の想像ではこうだ。気難しくて理想が高い四十の男が、私の発言に嫌な顔をして、すぐさま家を追い出すかもしくは結婚について話し合いをする。僕はこんな話納得してませんが、あなたはどうですか、などと言われて、あとは上手く婚約破棄に持っていくはずだった。
それがまず登場人物からして違うのだが、どうすればいいのだ?
(理人さんのお父さんから、よっぽど強く結婚するように言われてるんだろうか。でもそれも変な話だよなあ、恩人の孫だからと言っても、面識のない女にそこまで執着する意味が分からない。でも会社的にも利益なんて向こうはないはずで……)
「氷、置いておきますね」
「あ、はい!」
理人さんは氷をアイスペールに入れて持ってきてくれた。実際のところ熱い紅茶は十分美味しいのだが、言った手前仕方がないので氷を入れて温度を冷ます。