あなたに嫌われたいんです
逆襲
その夜、私は無論自宅に帰ることなく、結局理人さんの家に泊まらせてもらうことになった。
八神社長と電話を終えた理人さんはその内容を細かに教えてくれたけれど、相手の声色が一番高くなったのは、結局私たちは結ばれることになった、という点だったらしい。社長ではなく父親の声で、しきりに喜び私にお礼を言っていたそうだ。恥ずかしい。
それはさておき、理人さんと今後についてしっかり話し合った。気が付けば真夜中になるほど向かい合っており、休もうという話になったのは日付をとっくに跨いでからだった。
二人で軽く家にある物を食べ、お風呂に入って床についた。怪我が治るのと、すべてが片付くまでとりあえず部屋はこのままで寝ましょうと提案され、ほっとしたようながっかりしたような気持になったのは内緒だ。
翌日。
私たちは朝早く目ざめ、まずはうちの会社へ向かった。
理人さんは簡潔に現状と今後についてを社員に説明し、みんなの話も聞いていた。おそらく、私が説明した内容を裏付けするために情報を得ているようだった。
こんなに派手に動き回っても、父は気づきもしない。いつだって、働いている現場には興味のない人だったからだ。
私たちは目的を達成すると、今度は私の実家へと向かった。一週間ぶりに帰る家だった。理人さんは途中、父に電話で話したいことがある、と呼び出していた。
昔は父と母、私の三人で暮らしていた温かな家だったが、今は見るのも嫌になってしまったのが悲しい。楽しい思い出もあるが、嫌な思い出の方が上回ってしまったからだ。殆ど義母と梨々子が支配する、他人の家のような場所になっていた。
理人さんとインターホンを鳴らすと、出てきたのは梨々子だった。父から話を聞いていたのか、メイクも格好もばっちり決めていた彼女は、理人さんを見て嬉しそうに飛び跳ねた。
「理人さん!」
「突然の訪問失礼します、梨々子さんもいてくださってよかった」
「え、私も? はい、もちろんいますよー! お母さーん!」
梨々子の声に母が登場する。ニコニコ優しい笑顔を浮かべた女性だ。一見穏やかな人に見えるが、あからさまに私はいないようなそぶりで理人さんに声を掛けた。
「あなたが! この度は本当にありがとうございます。梨々子、リビングへご案内して。狭いですがどうぞ」
そして梨々子もまた、私の存在が目に入らないように理人さんに近づき、笑顔で接する。慣れっこな自分は何も思わず靴を脱いだが、隣にいる理人さんの表情が明らかに固くなっているのに気づいていた。
「はい、理人さんこっちです、もうほんと狭くて恥ずかしい。昨日はびっくりしましたよ、お姉ちゃんが扉を閉めて開けてくれないから」
梨々子はさりげなく彼の腕に触れる。そしてようやく私の顔を見た。まずはじろりと睨みつけられる。でもすぐに、勝ち誇ったように笑った。多分彼女の頭の中では、理人さんに迫って振られた女が完成していることだろう。