あなたに嫌われたいんです
「お姉ちゃんあんまり理人さん困らせちゃだめだよ?」
やけに高い声でそう言われ鼻で笑いそうになった。だがそれより先に理人さんが、梨々子の手をサラリと払った。そして淡々と言う。
「昨日はすみませんでした、僕が扉を閉めたんです。京香さんと二人で話したくて」
「え? 理人さん? あ、ああ……お仕事の話があったんですっけ? すみません私、気が使えなくて」
梨々子は困ったように笑う。それを無視し、理人さんが私に声を掛けた。
「京香さん、リビングはこちらですか。案内してください」
「あ、はいこっちです」
言われて私もようやく歩き出す。梨々子は不満げにこちらを見ていた。私は廊下を抜け、リビングへと出る。二人も言っていたが、大して大きな家ではない。梨々子たちは羽振りのいい生活を送っていたようだが、元々は質素な生活を送っていたものだ。母が貯めていた貯金とかも使われていたんだろうなあ。
扉を開けて入り、ダイニングテーブルに腰かけた。理人さんがちらりとこちらを見る。目が合っただけで、安堵感が広がった。私は軽く微笑んで見せる。梨々子がやってきて、理人さんの正面に座った。
少しして、母がお茶を持ってくる。
「主人はもう少ししたら帰ると思いますから……お待ちくださいね」
柔らかな声で話しかけ、理人さんの前と梨々子の前にお茶を置く。見事に私の分はなかった。そのまま去っていこうとする母に聞こえるように、理人さんが言った。
「京香さん、どうぞ、僕の分飲んでください」
「え!? い、いえ、別に私は」
「あなたの分がないではないですか。僕はいいですから」
お茶を目の前で滑らせる。私は首を振りつつ彼に返す。そこで母が慌てた様子で言った。
「あ、ごめんなさい、京香の分うっかり! ちゃんと淹れてきますから、待っててね」
にこやかに私にいったけれど、明らかに目が笑っていない。私は返事を返さなかった。キッチンへ入っていく母を見送った後、理人さんが再び私の前にお茶を滑らせる。
「もう一つ来るみたいですから。どうぞ」
「で、では、ありがとうございます」
とりあえずお言葉に甘えることにした。そっとお茶を手で包み飲む。上品なほうじ茶だった。
黙っていた梨々子は、理人さんに甘ったるい声で話しかける。
「お姉ちゃんもやっとこっちに帰ってくるんですよねえ? 寂しいなって思ってたから、にぎやかになるのは嬉しいかも」
(どの口が言うんだ)
「理人さん、スマホ買いに行かないんですか? 早く連絡ほしいなーなんて」
「ああ、昨日頂いた連絡先、捨ててしまいました。すみません」