あなたに嫌われたいんです
 にっこり笑って言った隣の男を、私は勢いよく見た。ハッキリ言いすぎだ、なんというストレート。だが梨々子の方が凄かった。ポジティブなのかなんなのか、まるでショックを受ける様子もなく笑った。

「ひどーい。間違えちゃったんですか? あ、もしかしてそれで今日家にわざわざ? 仕事のお話なら会社に行けばいいのになあって思ってたんです。またメモに書いておきますね」

 この子の無駄に前向きに物事を捉えるところは、見習いたいなとすら思った。自分の連絡先を聞きに理人さんがわざわざ来たと思ってるのか。脳内お花畑もいいところだ。

 理人さんも呆れたような、感心するような、引くような複雑は顔をした。その表情がなんだか面白くて、私は少しだけ笑ってしまった。

「いえ、僕の目的はそれではなく」

 言いかけたところに、玄関の扉が開く音がした。父だ、と分かる。バタバタと慌てたように足音が響いたあと、リビングの扉が開かれた。そしてやはり、父が息を切らしながらこちらに入ってきたのだ。呼び出されて急いできたらしい。

「おおー理人さん! お待たせしてしまいましたか! すみません!」

「いいえ、突然お邪魔するといったこちらが非常識なのです」

「いやいや、あなたならいつでも来てくださっていいんですよ! なあ梨々子」

 意味深に梨々子は頬を赤めて頷いた。何だこいつら。

 父は額にかいた汗を、ポケットから出したハンカチで拭きながらやってくる。梨々子は一旦隣にずれ、理人さんの正面に父が座った。

「いやどうも、お待たせしました。さて、昨日も話したばかりでしたが、何かありましたでしょうか。話はまとまったかな、と思っていたのですが。あ、もしや梨々子のことでしたら、別に若い二人で勝手に進んでもらえれば」

「今日伺ったのは、大事なご相談があったからなんです。まず、昨日話した内容ですが、いくつか訂正させていただきたい」

「え?」

「京香さんとの結婚の許可を得たいと思いまして」
< 87 / 103 >

この作品をシェア

pagetop