あなたに嫌われたいんです
「味と香りが薄まっちゃいますね、すみません、濃い目にいれなおしましょうか」
「ま、まあ、別にいいです」
「ありがとうございます。
ところで京香さん、随分と僕を不思議そうな顔で見ていますね。何かついてます?」
自身の顔をさすりながら理人さんが言う。私は首を振った。
「いえ。あの、随分お若いのだな、と」
「二十八です」
「あの、四十歳前後、と聞いてまして」
素直にそういうと、一瞬彼は目を丸くした。そして、すぐに大きな声で笑いだす。
「それは長男である兄のことですか? 兄は八神の後継ぎとして働き、メディアにも顔を出してますけど、もう結婚しています。僕は次男です」
「あ、お兄様……?」
「僕はまだまだ勉強中の身で、父や兄にしごかれています」
梨々子が言っていた情報を鵜吞みにして、全然調べていなかった。そうか、次男との結婚だったのか。後継ぎではないといえ、あの八神の次男。この生活はおかしいことじゃない。
理人さんは紅茶を飲みながら、納得したようにうなずく。
「なるほど、どこかで情報の食い違いがあったんですね? 随分年が離れた男のもとに嫁ぐと思っていたわけですか。それは不本意でしたでしょう」
「と、いいますか……年齢のことなどは置いておいて。
顔もしらない相手と結婚なんて、理人さんもいい気分ではないでしょう? 政略結婚ならまだ分かりますが、うちはともかくそちらには何のメリットもない。この話、おかしくないですか?」
「どうでしょう。父はあなたのおじいさまにとてもお世話になったそうですよ」
「祖父は祖父、私は私です」
そうきっぱり言い切ると、理人さんがこちらを向く。澄んだ不思議な色の瞳だと思った。こちらの気持ちを見透かされそうな、まっすぐな目。
彼は言う。
「京香さんは、この結婚をなしにしたいんですね?」
これはあまりよくない方向だ。私は心の中で慌てふためく。
私の方が嫌がっていることは悟られないようにしないと。あくまで、理人さんの一存で結婚をなしにしてほしい。こっちの立場が弱い以上、それが一番穏便に済む方法なのだから。
膝の上に乗せた手で握りこぶしを作った。そしてニコリと、余裕のある笑顔を浮かべてみせる。
「私? いいえ、八神グループとの結婚を嫌がる女なんているんですか? 一生安泰じゃないですか。ただ不思議だっただけです、だって理人さんなら、相手がたくさんいらっしゃるだろうから」
理人さんはじっとこちらを見ている。視線をそらしたくてしょうがなかった。彼の目力はどうも強すぎる。私の本心を暴かれてしまいそうになる。
少し沈黙が流れたあと、彼は小さく笑った。そして、体ごと私に向き直る。
「ではよかった。もちろん一生安泰に過ごせるよう頑張ります。僕はこの結婚、決して後ろ向きではないんですよ」
「え」
「父があれだけ強く勧める女性なら素晴らしい人なんだと思いますし」
(今までの私の発言や態度ちゃんと見てなかったの!? どこが素晴らしい女性なんだ!)
「よかった。京香さんが嫌がっていたらどうしようか、それだけが心配だったんです」
明るい笑顔でそう言ってくる理人さんに、私は顔を真っ青にするしかなかった。
まさかの結婚する気満々。そのうえ天然なのか、女を見る目がとことんない男だったとは。
慌てて彼に質問した。
「ま、まあ、別にいいです」
「ありがとうございます。
ところで京香さん、随分と僕を不思議そうな顔で見ていますね。何かついてます?」
自身の顔をさすりながら理人さんが言う。私は首を振った。
「いえ。あの、随分お若いのだな、と」
「二十八です」
「あの、四十歳前後、と聞いてまして」
素直にそういうと、一瞬彼は目を丸くした。そして、すぐに大きな声で笑いだす。
「それは長男である兄のことですか? 兄は八神の後継ぎとして働き、メディアにも顔を出してますけど、もう結婚しています。僕は次男です」
「あ、お兄様……?」
「僕はまだまだ勉強中の身で、父や兄にしごかれています」
梨々子が言っていた情報を鵜吞みにして、全然調べていなかった。そうか、次男との結婚だったのか。後継ぎではないといえ、あの八神の次男。この生活はおかしいことじゃない。
理人さんは紅茶を飲みながら、納得したようにうなずく。
「なるほど、どこかで情報の食い違いがあったんですね? 随分年が離れた男のもとに嫁ぐと思っていたわけですか。それは不本意でしたでしょう」
「と、いいますか……年齢のことなどは置いておいて。
顔もしらない相手と結婚なんて、理人さんもいい気分ではないでしょう? 政略結婚ならまだ分かりますが、うちはともかくそちらには何のメリットもない。この話、おかしくないですか?」
「どうでしょう。父はあなたのおじいさまにとてもお世話になったそうですよ」
「祖父は祖父、私は私です」
そうきっぱり言い切ると、理人さんがこちらを向く。澄んだ不思議な色の瞳だと思った。こちらの気持ちを見透かされそうな、まっすぐな目。
彼は言う。
「京香さんは、この結婚をなしにしたいんですね?」
これはあまりよくない方向だ。私は心の中で慌てふためく。
私の方が嫌がっていることは悟られないようにしないと。あくまで、理人さんの一存で結婚をなしにしてほしい。こっちの立場が弱い以上、それが一番穏便に済む方法なのだから。
膝の上に乗せた手で握りこぶしを作った。そしてニコリと、余裕のある笑顔を浮かべてみせる。
「私? いいえ、八神グループとの結婚を嫌がる女なんているんですか? 一生安泰じゃないですか。ただ不思議だっただけです、だって理人さんなら、相手がたくさんいらっしゃるだろうから」
理人さんはじっとこちらを見ている。視線をそらしたくてしょうがなかった。彼の目力はどうも強すぎる。私の本心を暴かれてしまいそうになる。
少し沈黙が流れたあと、彼は小さく笑った。そして、体ごと私に向き直る。
「ではよかった。もちろん一生安泰に過ごせるよう頑張ります。僕はこの結婚、決して後ろ向きではないんですよ」
「え」
「父があれだけ強く勧める女性なら素晴らしい人なんだと思いますし」
(今までの私の発言や態度ちゃんと見てなかったの!? どこが素晴らしい女性なんだ!)
「よかった。京香さんが嫌がっていたらどうしようか、それだけが心配だったんです」
明るい笑顔でそう言ってくる理人さんに、私は顔を真っ青にするしかなかった。
まさかの結婚する気満々。そのうえ天然なのか、女を見る目がとことんない男だったとは。
慌てて彼に質問した。