あなたに嫌われたいんです
「会社をこんな風にダメにしておきながら実力者、とは。面白いことを言いますね。
 いいですか、よーく考えてください。
 あなたはうちを騙して敵に回したんですよ。うちを敵に回した会社を買収するところは現れないだろう、とのことですが、あなたはどうなんです。そんな人間を好条件で雇うところ、あると思うんですか?」

「……え」

「少なくとも、大きな企業での再就職は無理だと思ってくださいね。ま、うちがとやかく言わなくても、どこもあなたみたいな人間雇わないと思いますけどね。噂とは恐ろしいんですよ、見知らぬ間に勝手に回っているから。アルバイトぐらいならいいと思いますけど……。
 多分、うちの工場が一番条件としてはいいところになると思いますよ。一度探してみますか?」

 聞いていた母が、ついに金切り声を上げた。耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び声だ。

「う、うそ、そんなところにただの社員としていくなんて嘘よね? やっと私ここに来たのよ! ずっと陰に生きてきて、あの女が死んだからやっとここに来れたのよ!」

「私F県の田舎なんて行くの嫌だよパパ!」

 母をあの女呼ばわりされた瞬間、頭が沸騰した。ずっと黙っていたが、ついに立ち上がる。殆ど意識がないまま私は叫んだ。自分の怒りの声が家じゅうに響き渡った。

「陰を選んだのはあんたでしょうが! ずっとお母さんを騙して不倫してたくせに、よくそんなことが言える! 自分が本当に幸せになれると思ってた? 人を騙して得た幸せがいつまでも続くと思っていたの?」

 母は自分が騙されていたなんて、きっと知らなかった。会社を経営して、私を育てて、とにかく忙しくて立派な人だった。最期まで父の裏切りを知らなかったのは、ある意味幸せだったかもしれない。

 残された私は地獄のような毎日を送ることになったが、母の悲しむ顔を見ることがなかったことだけはよかったと思っている。

 まるで自分が被害者のような顔をしているこの女が、憎くてたまらない。
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