あなたに嫌われたいんです
「どうしました」

「いや、なんか、当然のように帰ってきちゃったと思って」

「当然じゃないですか。僕の気持ちを受け入れてくれたんでしょう?」

 白い歯を出して笑う姿が眩しい、朝日か? 私は本当にこんなかっこいいのと付き合えるのか。今更凄い衝撃だ。

「なんていうか、ここにいる間はいつも変なことを言ってたり……してたから、何か本当の自分で帰ってくるのが恥ずかしくて」

「言っておきますけど、本当のあなたなんて分かってますよ。見てれば気づきます。悪い女になりきれてない不器用な可愛い京香さんでしたね」

「か、可愛いって!」

「とはいえ、本当のあなたと過ごせるのは楽しみで、これでも浮かれてるんです。そのままくつろいでくださいね」

 そう言った理人さんは微笑んで廊下を歩いていく。私もとりあえず靴を脱いで上がった。そこに、思い出したような声がかかった。

「お風呂先にどうぞ」

「あ、いえ! 理人さんどうぞ!」

「僕は後でいいです」

「私も!」

「では、一緒にということで」

「はい……って、じゃ、じゃあお先にいただきます!」

 慌てて返事をすると、彼は面白そうに小さく笑っていた。いたたまれなくなった自分は、とりあえず着替えを取りに自室へ入った。
 
 
 



 入浴を終えてリビングに入る。温まったことで、より疲れがどっと出てくる。眠気が襲ってくるのを耐えた。思えば、一昨日は寝ずに理人さんを待っていたし、昨日も遅くまで話していた。眠くなるのは当然なのだ。

 ここで自分の部屋に入りベッドにダイブするのは簡単なこと。しかしそれはしたくなかった。

 伝えても伝えきれない感謝の気持ちをこのままに、夢の中へなんていけない。

 眠気覚ましに炭酸水を冷蔵庫から拝借して飲んでいると、お風呂から上がった理人さんが入ってきた。ドキリと心臓が跳ねる。まだ髪が濡れたままの彼は、こちらを見ると、意外そうに目を丸くした。

「寝ていたかと思いました」

「え、だ、だってまだ早いですよ」

「でも京香さん、最近あまり寝ていないでしょう? 顔見ればわかります。僕に気遣わないでください、とりあえず明日は会社は休みです。やることは多いですが少しぐらいの寝坊は許されますよ」

 そう言い、冷蔵庫から水を出して立ったまま飲む。私は無言で炭酸水を飲む。理人さんがこちらに歩み寄り、隣に座り込んだ。ソファが重みで少し沈む。そんな小さなことでさえ、自分の心臓を握りつぶした。理人さんがこちらを横目で見て、少しだけ微笑む。
< 96 / 103 >

この作品をシェア

pagetop