あなたに食べられたい。
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あれは、今年最後の台風がやってきた日の出来事だった。
前日からの予報通り日本上陸を果たした台風は進路を東にとり、近年オフィスビルが乱立するこの街に猛威を振るった。
明け方から降り出した雨は、昼過ぎには本降りに。再接近すると言われた夕方には強風を伴う横殴りの大雨に変わった。
これはダメかな……。
沢渡栞里は裏通りに面した店の入口から外の様子を見て、諦めたようにため息をついた。
朝から通常通り店を開けたものの、メインターゲットにしている会社員は電車が止まる前に帰宅し、一六時現在、街を歩いているものはほとんどいない。
栞里は仕方なくショーケースの中のサンドウィッチを片付け始めた。
栞里が妹の麻里と共同経営する"サンドウィッチ工房 SAWATARI"はオフィス街のある大通りから一本裏に入った角地にひっそりと店を構えている。
元々は長年惣菜屋を営んでいたが、両親が他界すると一時は閉店を余儀なくされた。
愛する店の看板を廃れさせたままでは忍びないと一念発起した姉妹の手によってサンドウィッチ店へと生まれ変わったのはほんの一年前のこと。
改装後の評判は上々で、元惣菜店という強みを活かしたおかず系の変わり種サンドイッチが人気だ。
しかし、普段は売り切れ御免のお手製のサンドウィッチも自然の猛威には勝てないようだ。
この天気でサンドウィッチを買いにくる奇特な者はいなかった。
閉店の時間には早いが店仕舞いをしてしまおうと栞里は決断した。
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