あなたに食べられたい。
値札をしまい、オープンスペースに置いてあるディスプレイを手際よく片付けていく。
最後にクローズの看板を入口に掲げようとしたその時だった。
偶然にも裏通りをのっそり歩く男性と窓越しにバチリと目が合った。
栞里はぎょっとした。
こんな天気で出歩く人がいるなんて……。
横殴りの雨の中、傘もささずレインコートも羽織らずに一体どこへ行こうというのだろう。
目が合った男性もまた驚いたように栞里に視線を送る。
グレーのパーカーは雨で濡れ、すっかり色が変わってしまっている。目深に被ったフードの奥から見え隠れする困ったような瞳は路頭に迷った仔犬を連想させた。
栞里は思わず入口を開けた。
「まだやってたのか……?」
「……え!?ああ!!どうぞ……!!」
入口を閉めるつもりが逆に開けてしまった。しかし、一度出してしまった親切心を引っ込めることは出来ない。
栞里はびしょ濡れの男性を店内にあるイートインスペースに案内した。
「今、タオル持ってきますね」
改装と共に新たに設けたイートインスペースはサンドウィッチのショーケースの正面、裏通りが見渡せる窓際に設けられている。
彼は大人しく椅子に座り、タオルを受け取ると同時にグーと腹の虫を鳴らした。
「何か食べて行かれますか?」
「いや、実は財布を家に忘れて……。スマホも落としてこの通り」
水溜りにでも落としたのだろうか。彼のスマホはビショビショの上に液晶が粉々に割れていた。サイドのボタンを押してもうんともすんとも言わない。