あなたに食べられたい。
「少しくらい他人に頼れよ。俺もそうしてる」
くだらない話の最中、ジローはちょっとだけ真面目な話をしてくれた。
一緒に起業した仲間のこと。資金繰りの苦労。成功の裏に隠された挫折。
会話の端々に栞里はひとりじゃないし誰かを頼ってもいいと伝えてくれる。
励ましてくれているのに栞里はまた泣きそうになりグッと堪えた。
ぶっきらぼうな口調だけれど惜しげもなく手を差し伸べてくれる、ジローのそういうところに栞里は惹かれた。
海を見た後はこの辺りの名物だという海鮮の入ったラーメンを食べた。熱々のラーメンでお腹をいっぱいにして帰路に着く。
帰る途中で日が沈み、長い夜が始まっていく。
高速道路から終着点の槙島スカイタワーが見えてくると、栞里は思い悩んだ。
帰りたくない。ずっとジローさんと一緒にいたい……。
けれど、口に出せる勇気などない。
車は槙島スカイタワーの地下駐車場にゆっくりと停車した。エンジンが停止し、車内は静寂に包まれる。
「着いたぞ。家までは歩いて送ってやるから……」
幸せな時間の終わりを告げられた瞬間、栞里はジローのジャケットの襟を掴んで、強引に引き寄せた。
ファーストキスはお世辞にも上手とは言えなかった。唇同士がただぶつかりあっただけの事故みたいなものだった。
最初は面食らっていたジローだったが車から一向に降りようとしない栞里を見てキスの意味を理解したようだ。
「言わなきゃわかんねーぞ」
察して欲しいと思ってもジローは決して許してはくれない。
「わ、私……ジローさんが好きです……。だ、だから帰りたくないです……」
心臓がバクバクしている。いきなりキスをしてしまい自分で自分の行動に驚いていた。
気晴らしに応じたのも二度と忘れられないくらい幸せな初恋の思い出が欲しかっただけなのに。
今や思い出以上のものを欲しがっている。
「んなこと言われて綺麗な身体で帰らせるほど俺は行儀が良くねーからな」
栞里は感極まり小さく頷いた。
「キスはこうやってやるんだよ、下手くそ」
シートベルトを外したジローが助手席に覆い被さる。
身体で覚えるまで何度も繰り返された蕩けるほど甘い口づけは恋愛初心者には刺激が強すぎた。