あなたに食べられたい。
「家に戻ろうにも、オートロックなのを忘れて出てきちまった。おまけにこんな大雨で……。厄日だな」
可哀想に。栞里は弱り目に祟り目な男性に少し同情した。店の奥に行きトレーにコーヒーとサンドウィッチを乗せ、目の前に差し出す。
「売れ残りですけど、良かったらどうぞ。お代は結構ですから」
「良いのか?」
「お気に召したらまた買いに来てください」
栞里が提供したのはこの店で一番人気のチキンサンドだ。五種類の野菜とじっくりローストしたチキンを挟んだ栞里自慢の逸品だ。
いつもなら昼過ぎには売り切れてしまうがこの日は運良く残っていた。
最初は食べることを遠慮していた彼も空腹には勝てなかった。
フィルムを剥がしサンドウィッチを一口頬張った瞬間、瞳が大きく見開く。
彼はたちまち夢中になってサンドウィッチを頬張った。もぐもぐと大きな口を開け、具沢山と評判の栞里のサンドウィッチをペロリと平らげた。
「ごちそうさん。美味かった」
彼は満足げに笑った。不意打ちのように向けられた無邪気な笑顔にドキンと心臓が跳ね上がる。
誰かに美味かったと言われるのは初めてでもないのに、何故か彼の声が頭の中でこだまする。
彼はジローと名乗った。この辺りに住んでいるそうだ。食事に出掛けたところ、台風でどこも早仕舞いをしていて困っていたらしい。
ジローは栞里に店の電話を借りると、どこかに電話を掛けた。電話から二十分ほどが経つと、一台のタクシーが店の前に止まる。
ジローは迎えにやってきた友人と思しき男女二人組に怒られ小突かれながら一緒にタクシーに乗り込んで行った。
「また来る」
ジローが使ったタオルを片付けながら栞里は思った。
まるで嵐のような人だったなあ……。