罪人とお嬢様の甘くて危険な恋を
海老名は「笑い事じゃないからな」と、苦笑しながら蛍の隣のデスクに戻った。
蛍は作業の手を1度止めて、片方の耳朶に触れる。そうすると、石特有のひんやりとした感触が、昨日の夜を思い出させた。透碧と名乗った彼女が去った後、大通りを確認すると大粒のダイヤが2つ、車に轢かれることもなく落ちているのを見つけたのだ。高さのある場所から落とされたので、多少は傷は付いていたが、硬度が高い宝石だけあって破損はなかった。自宅に帰ってから、汚れを落とし消毒をした後、蛍は自分の耳につけていた。
何故、そんな行動をとったのかわからないが、このピアスをしていれば、いずれはまた彼女に会えるのではないか。そんな気がしたのだ。
警察で働けているのは、全ては麻薬組織でつちかってきたハッカーとしての知能が役立っているのは皮肉なものであった。その麻薬自体で、大切な人は死に、恩人は苦しめられたというのに。
その真実に、蛍は今でも苦しめられている。
酷いことをして得た収益で、自分はぬくぬくと生活していた。そして、その知識で今度は正義の味方の組織に入って働いているのだ。
一般の人が見たら、罪を償って普通の仕事を出来るようになったのだから、と思ってくれる人も多いかもしれない。世間一般の考えではそれが普通なのかもしれない。
けれど、麻薬組織で被害にあった人はどう思うだろうか。自分がもしその立場であれば、怒り狂うだろうなと思ってしまう。だからこそ、蛍は毎晩のように悪夢にうなされるのだ。
「遥斗さん。俺は、このまま生きてていいんですか?」
そんな小さな言葉は誰に聞かれるでもなく、電子音に紛れて消えてしまう。
答えなど、誰もくれるはずがない。
よい大人なのだから自分で考えるしかないのだ。
大きくため息をついた後、蛍は考え事を辞めて目の前の仕事に没頭する。
蛍が朝から晩まで休みなく仕事をこなすのは、このためなのだ。
この時間だけは罪悪感から逃げなくて済むのだから。
透碧のピアスをつければ彼女に会えると思っていた。
だが、そんなドラマのような展開はすぐに訪れるわけもなく、彼女に会えないまま数ヶ月が経過した。
ダイヤはその間も蛍の耳で光り輝いていた。夏とは違い冷たい白い光りを放つ蛍はのように。