結ばれてはいけない御曹司に一途な想いを貫かれ、秘密のベビーごと溺愛されています
プロローグ
「この子は、俺の子じゃないのか?」
そう尋ねてきた男性は、この隙間風吹き込む安アパートには似つかわしくない身なりをしていた。
高級なブラックスーツを纏い、光沢のある濃紺のネクタイを几帳面に締めている。
長い脚を折り曲げてちゃぶ台の前に正座しているが、畳に擦れてスラックスの膝が破れてしまったらどうしようと心配だ。
ささくれだった畳はいかにもおんぼろで、かといって替えるお金もなく、見ないふりをしている。
畳替えより日々の食事代やおむつ代の方が優先なのだから仕方がない。
「違います。あなたの子ではありません」
部屋の隅には、毛布にくるまった女の子がお昼寝をしている。私の娘の杏花だ。
あらためて彼と見比べて、そっくりだなと息をついた。
凛々しい眉と、艶やかな黒髪は、紛れもなく父親似だ。
「俺に似ている」
「気のせいじゃありませんか?」
それでも私はにっこりと微笑んで、白々しく嘘をついた。
この子が彼の子だとバレるわけにはいかない。
そのために実家から離れた場所に家を借りて、シングルマザーをしているのだから。