結ばれてはいけない御曹司に一途な想いを貫かれ、秘密のベビーごと溺愛されています
私が何事もなかったかのように言って身を翻すと、理仁さんは少し動揺した声で「菫花」と引き留めた。

「とうとう明日はマルセイユですね。観光がすごく楽しみです」

「……聞かないのか」

「理仁さんがどこの誰かは、あまり関係がありませんから」

私が恋をしたのは理仁さん自身であって、家柄や資産は関係ない。

プラチナだろうがゴールドだろうが、それこそクラシックだろうが、理仁さんと一緒にいられるなら、なんでもいい。

「ああ、でも――」

この船を降りたら、彼とさよならしなければ。

そのつもりだから彼は、私に名字を教えてくれなかったのだろう。

この胸がどこか痛むのは、きっと理仁さんとの関係に明確な終わりが見えてしまったからだ。

「対等な…………友人になれなかったのは、少し寂しい気がします」

かつての彼の言葉を今さら頭の中で思い返し、ああ、と嘆息する。

――『出会ったばかりの人と寝るのは、いけないことだ』――

いけないって、こういう意味だったのね。

瞬間的に燃え上がり、永遠を直感したとしても、その人との未来が明るいものとは限らない。

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