婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした

05.婚約破棄はしない

 私とヴィンセント様が表面上の笑顔だけで見つめ合う中、瞳に涙を滲ませた公爵様が声を掛けてきた。

「レイナ嬢……本当にありがとう。なんとお礼を言えばいいのか……。やはり手紙の通り、優しい令嬢で安心したよ」

 あ……。公爵様、ちゃんと手紙読んでくれてたんだ。

 多忙を極めている人なのに、会った事も無い令嬢が一方的に送り付ける手紙を読んでくれていた。その事が嬉しくて胸が熱くなる。
 だけど私は公爵様にまだ挨拶をしていない事を思い出し、慌てて頭を下げた。

「公爵様、お初にお目にかかります。その節は何度も私達を救って下さり、本当にありがとうございました」
「いや、今回は私の方が救われた。どうか息子の事をよろしく頼みます」

 公爵様が深々と頭を下げて来たので、私もそれに負けじとこれでもかという程頭を下げた。

「こちらこそ、不束者ですがどうぞよろしくお願い致します!」

(え……。俺達、本当に婚約してしまったのか……?)

 脳内に響いた声は無視する事にした。

 長いお辞儀の末、体を持ち上げた私の隣からむせび泣く声が聞こえてきた。

 隣に視線を移すと――何故かお父様が泣いている。
 私が嫁に行く事がそんなに寂しいのだろうか。
 そんなお父様の姿に、少しだけ感動して視界が歪んだ。
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