婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 私達の住む場所は、夜通し馬車に乗って移動したとしても丸三日はかかる。
 そう簡単に会える距離ではない。
 まずは文通のやり取りを始めてみたけれど、彼から届いた最初の手紙は、文字を覚えたての子供の様な汚い字で、

『おげんきですか。ぼくはげんきです』

 と大きく書かれ、中身の内容は皆無だった。

 とりあえず私からは、

『お手紙ありがとうございます。私は元気です。ですが、もし次にお手紙を頂ける時は「いつ、どこで、だれと、なにをして、どうだったか」を書いていただけると、とても読み応えのあるお手紙になると思います』

 と返事をすると、次に届いた手紙には、

『今日、弟と庭でむしとりをしました。たのしかったです』

 と書かれていた。

 内容はともかくとして、こちらの指摘に素直に従ってくれた事には少しだけ感心した。
 一文だけの文章は二文、三文にも増えていき、『お体に気を付けてください』と私の事を気遣う内容も書かれるようになった。
 文通では心の声は聞こえないけれど、さりげなく書かれるその一文に彼の本当の姿を垣間見た様な気がした。

 手紙のやり取りは思ったよりも楽しかった。
 文通する様な友達もいなかった私は、彼から届く手紙を心待ちにするようになった。

 もちろん、彼との付き合いは手紙だけにとどまらず、一ヶ月に一度、ヴィンセント様は私のお屋敷にやってきた。
 本当は身分の低い私が向かうべきなのだけど、長旅は女性の体には負担が大きいからと、公爵様が気を遣ってくれた。やはり公爵様はとても優しいお方。
 
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