婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 そういえば、さっきここへ来るときに今日の為にシミュレーションをしていたとか心の声が言ってた気が……と思い出したのも虚しく、既に彼の姿を確認する事は出来ない。心の声も届く気配が無い。
 彼と距離が離れ過ぎてしまうと、その心の声も聞こえなくなってしまうのだ。

 もう嫌な予感しかしない。果たして彼はどういう状態になって戻ってくるのだろうか……。
 ああ、頭が痛くなってきた……。

 一人残された私は隅っこにある壁にもたれかかり、大きく深い溜息をついた。

 国王陛下が会場に姿を現すのはもう少し先だろう。
 たしか、国王陛下は公爵様の()でヴィンセント様にとっては叔父になる。
 国王陛下は自分の甥が子供返りしてしまった事は御存じなのだろうか……。
 噂が耳に入っていれば知っているのかもしれないけど。
 今の彼の姿を見て、国王陛下はなんて声を掛けるのかしら。

 その時、会場内のざわめきが消え、シン……と静まり返った。

 異変に顔を上げると、皆の視線は一点に集中していた。その先には――カロル王太子殿下だ。
 その傍らには一人の女性が仲睦まじげに寄り添っている。
 王太子殿下が愛しそうに笑顔を向けるその女性は、頬を赤らめ恥ずかしそうにしている。その姿は初々しい恋人同士という雰囲気。
 王太子殿下が愛しの婚約者をエスコートして入場してきたのかと思いきや……どうやらそういう訳でもなさそうだ。

「王太子殿下の婚約者って……確かアーデル侯爵令嬢のエミリア様のはずよね? なんで違う女性を連れているの?」
「隣にいる女性は誰だ?」
「あの子……クリスティーヌだわ! 確か平民の出だったはずなのに……なんで王太子殿下の隣にいるの!?」

 声を抑えてコソコソと話す声も、静まり返る会場内の中ではハッキリ聞こえてくる。

 どうやら、王太子殿下がエスコートしてきた相手は婚約者ではなく全く違う女性らしい。
 それがどういう意味を示すかは……安易に想像出来てしまう。

 ここにもいたのだ。
 婚約破棄を望む男が。
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