婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
「よくも私の娘を虐めてくれたものだな。北の辺境伯の娘は随分と素行が悪い様だな」
「マーガレット様の口の悪さに比べたら大した事ありませんけど」
「……なんだと?」

 彼女の父親は額に血管を浮かび上がらせ、声色を一層低くした。
 ピリピリと張り詰める空気の中、外野が再び騒ぎ出す。

「何? あの子。あんなに泣いてる子の悪口をまだ言うの?」
「素直に謝ればいいだろうに。こんなめでたい場でこれ以上空気を悪くするなよ」
「ちっ……うざったいなぁ。早く帰れよ」

 私に向けられる視線は、先程までの好奇の眼差しから嫌悪の眼差しへと変わっている。
 チラリとマーガレットの様子を伺うと、彼女は手で顔を覆いながらも、指の隙間から笑みを浮かべてこちらを見ているのが分かる。
 あの姿のどこが『儚く脆い存在』なのだろう。『図太くあざとい存在』の間違いじゃないだろうか。 

 それにしてもいいわね。そうやって弱い自分を見せたら周りが守ってくれるのだから。
 さぞ生きやすいでしょうね。

 それに比べて、ヴィンセント様はずいぶんと生き辛い生き方をしていると思う。

 女性嫌いなのにも関わらず、女性を拒絶する事が出来ない彼は、自分が子供のふりをする事で彼女達が自ら離れていくようにしている。
 私との婚約を自分から断らないのも、そうする事で私が少しでもショックを受けないようにするため。
 彼は女性を傷付ける事を酷く恐れている。
 それは母親を突然失った経験かららしいけれど、私はそれだけじゃないと思う。
 ただ単純に、優しい人だと。だって彼は父親や気の許せる友人、誰一人として真実を告げていない。
 誰も自分の都合で巻き込みたくないという、彼の覚悟と優しさからじゃないだろうか。
 秘密の共有をする事は、相手にも責任を持たせてしまう事だから。

 やり方は無茶苦茶だけど、ヴィンセント様のやっている事はそんな簡単に真似出来ることではない。

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