ラムライムシュガー
「むしろ誰ですか?お会いしたことありませんよね?」
はじめましての相手にこんなに馴れ馴れしく声をかけられるくらいの人だから、失礼な態度をしてしまったとかは別にないとは思うけど。こっちの気分はわるい。
むすっとした顔を戻せない私をみて、その人はくすくすと笑っている。
なんか、余計にむかむかしてきた。
「ごめんごめん。だって、さっきも話したのに。なんならその前から何度もここで会ってるのに、そんな反応するから」
「…え?」
「ほら、みたことない?」
思わず眉間にシワを寄せそうになった私をみて、自分の髪の毛を、手でひとつにまとめてみせるその人。
「…あ!お兄さん!」
ミステリアスな微笑みの貴公子、という言葉がよく似合うその姿は、少し前にカウンター越しで嘘みたいな笑顔を浮かべていたバーテンダーのお兄さんだった。
隙もなく毛先までサラサラで、女性よりもケアが行き届いた髪。
印象的なパーツをゴムで1つに束ねているし、今、隣に腰掛ける姿は、Tシャツとデニムというカジュアルなスタイルで、さっきまでのフォーマルなスーツスタイルとは結びつかない。
「そんなに違ってみえるかな?
本当に君は、いつもアイツしかみてないんだね」
なのにお兄さんは、不思議なことをいう。
お兄さんがいう “アイツ“ とは、“あのヒト” のことで。たぶん、菖悟(しょうご)さんのことなんだろう。
確かにここは、菖悟さんと会うときには必ずと言っていいほど立ち寄ってたけど、その時に毎回お兄さんがいたかなんてわからない。
わからないけど、どっちにしたって、バーテンダーとしての観察力が恐ろしすぎる。
でも。
「バーテンダーとして、それは言っちゃダメなやつですよ」
バーテンダーは、お客さんとの距離感も間違えちゃいけないと思う。
ちょうどいい心地よい距離感で、そこにいてくれる。
だけど、絶対的に秘密を守ってくれるという安心感が、抱えたなにかと一緒に足を向けたくなる、多くの人々の棲家になっていくのだから。