ラムライムシュガー
「今は、バーテンダーの時間じゃないんで。
ところでまだ飲まないの?それ。もう30分以上経つと思うけど。入れたてがいちばん美味しいんだけどな」
「…今は、バーテンダーの時間じゃないんでしょ?だったらバーテンダーみたいなこと言わないでください。
というか、あげますこれ。飲めないので飲んでください」
言い合いたくないのに、言い合いみたいになってしまうこの人に、作ってもらったアプリコットフィズを押し渡すと、すっかり薄くなった琥珀色を見つめたあとで、私の瞳を覗き込んでくる。
なにかを探すみたいに。
「叶わない恋なんて、してなかった?」
「…っ!だって、片想いじゃないですから」
「純粋な両想いには、みえなかったけどな」
この人からは、ウッディでスパイシーな香りを好む菖悟さんとは違う、シャンプーやボデイソープ、柔軟剤を思い起こすような、シンプルで嘘のないやさしいシャボンの香りがする。
「だから今、浮かない顔してひとりでここに座ってるんでしょ?」
なんだか懐かしい、ありふれた平凡な香りから、逃げ続けたい、と思う私と、洗いざらい吐き出してしまいたい、と思う私がいた。
「なんでそんなに踏み込んでくるんですか。
イチ客のことなんて、そっとしておいてください」
「無理だよ。自分の働く店の常連さんに思い詰めた顔をした人がいたら気になっちゃうでしょ。
それに、そういう性(サガ)なんだよ」
「で、いい加減なに飲むの?」と、私の手に収まったままの役目を果たせないメニュー表を指差しながら聞いてきたお兄さんに、「なんでもいい」と愛想わるく応えると、しばらくして、ダイキリ、と呼ばれるカクテルが私の前に置かれた。
聞かなくても勝手に教えてくれたその意味は、希望、なんだとか。どうしてこのカクテルを選んでくれたのかは、なんとなく聞けなかった。