災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき

 何も売れず、何も買えず、歩いてきた道を引き返す。道すがら、枝振りのいい木を見かけると立ち止まって見上げた。だが――"そう"する為の縄すら手に入らない。己の身を傷つけるだけの刃物も無い。色々が万事休す、だった。

「ねえ、どうしてあなた、あたしの町に来たの?」
 大きくため息を吐いて再び歩き出したところで、頭上から声が降ってきた。先ほどの町に住まう魔女らしかった。おおかた質屋の店主にでも話を聞いたのだろう。

「あ……ご、ごめんなさい、もう来ません、ゆるしてください」
 うつむいて必死に謝る。彼女の顔も見ないで立ち去ろうと踵を返す。

「待って、責めてないわ。もし困っているのなら、力に――」
「いいんです、わ、わたしは、災厄の魔女だから……関わらないほうが。すみませんでした、二度と顔を見せません、そちらにも行きません」
「待って、待っ」
 早く魔女の前から居なくなりたい。だってあちらは箒に乗っている。ローブだって清潔なものだろうし、きっときれいな髪をしている。対して自分は、小汚い格好だ、恥ずかしさもあった。

 彼女はルーナに声を掛けることを諦めたのか、町へ引き返した。青い空にたなびく金色の髪が眩しかった。

 家に帰ろうと再び歩き始めたら、今度は靴が壊れた。つま先の糸が切れ、靴底がカパカパと浮いて歩きにくい。道々に転がる小石の感触が足の裏にもろ伝わるし、少しでも尖っていれば痛みもある。

 ルーナの、心の糸も切れた。

 家に帰り着く頃は日が沈んでいて、途中拾った木の棒を杖代わりにしてようやく帰宅したが、家に入ったタイミングで雨が降り出した。雷鳴も聞こえていて、じきにここも雷雨に見舞われるだろう。

 フランの結界が消えた家は、フランが亡くなってから毎日どこかしらか破壊された。はじめは壁に何かが投げつけられていた。次に玄関扉の鍵。室内を荒らした形跡もあった。そして今日は……居間のガラス窓が破られていた。今朝、家を出るまでは窓としての役割を果たしていた。冷たい風も強い雨も防いでくれていたのに、薄暮の中で見る窓の下には拳ほどの大きさの石が床に転がっていた。投げ入れられたものだ。それらを力無い目で見てから、汚れているのも構わずベッドへ潜り込んだ。

 このまま眠ってしまいたかった。

 雷鳴が腹に響くほどに、頭上で荒れていた。割れた窓からは雨が吹き込んでいるかもしれない。強い風が吹けば屋根だって吹き飛ばされるかもしれない。でももうどうでもよかった。まっさらになりたかった。ここからいなくなりたかった。早く楽になりたかった。

 フランが掛けていた、たいして暖かくもない布団を引き上げて目を閉じる。

 もう涙も出なかった。
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