災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
長い廊下を歩いて、石の階段を上がる。階段の壁には窓が設えてあり、やはり外は薄紫色の空になっていた。朝なのか夕方なのかわからないが、いつぶりに空の色を見ただろうかと考えた。あの家に住んでいた頃は空の色など気にする余裕が消えていた。
そうして階段を上がりきって、また長い廊下を行く。突き当たりの、幕の前に着いた。お世話係が幕の向こう側へ告げる。
「旦那様、お支度が整いましてございます」
「ん」
天井から吊り下がる、とても厚みのある幕が左右に開いて、中へ入るよう促された。
「ルーナ、こちらへおいで」
そう呼ばれて中へ進めば、背をこちらに向けた長椅子に人が座っていた。銀色の髪をして、背が高い。
――ここでいいんだろうか。
不安になってお世話係を振り返れば、無言で頷いてくれた。
「大丈夫、ルーナを傷つける者はここには居ないから、おいで」
柔らかい声の主が振り向いて言った。
優しい笑みを浮かべたその人は、銀色の長い髪を緩く編んで肩から前に流していて、風にたなびけは、キラキラした音が聞こえそうなほどに艶のある髪をしていた。
ルーナに向けられたその瞳も同じく銀色をしていて、とにかく"美しい"という言葉の似合う方だった。口元は薄い唇が形のいい弧を描いている。
だがルーナを振り返ったまま、男性は固まった。ルーナを見てはいるが、立ちあがろうともしないし、隣へおいで、と言うわけでもなく、ただルーナを見ていた。
「あ、あの……?」
無言の空気に耐えられず声を掛けた。お世話係は既に室内に居らず、入ってきた入り口は幕が閉じられていた。いまこの部屋には二人きりだ。
「あ……すまない。気分はどう?」
男性は長椅子から立ち上がり、ルーナの手を取って開いてる椅子に座らせてくれた。そうしてから自分は先ほどの長椅子に座り直した。
「あの、はい、とても……良いです、ありがとうございます」
「それならよかった」
男性はホッとして笑顔になる。
「あの、先ほどお風呂で、ここが魔界だと教えてもらいました。私は雷雨の夜に死んだんでしょうか、何故わたしはここに居るんでしょうか」
男性の顔を見て聞いてみた。質問攻めも失礼かと思ったが、これからどう振る舞えばいいか分かりかねているから色々な情報が欲しかった。
「……うん、そうだね、説明しないとね」
この場所もさることながら、目の前の男性の正体もわからない。
室内、とりわけ、長椅子の置かれている場所を見回せば、目の前には手すりの向こう、と言うべきか、下、と言うべきか、そこは雲海のように白いふわふわが一面に拡がっていた。時折、そよ風が頬をくすぐる。
空、というものなのか、それは変わらず夜明け前のような薄紫色をしていて、遠くに視線を移せば、いくつもの岩山のようなものが見えた。
「うん、魔界だ。そしてここは俺の城。君は魔女だ。魔女は人間界に出て修行するんだが、人間界で結婚し子を成す魔女も多い。君の両親か或いは母親は魔女だったろうと推測できる」
両親の話はフランから軽く聞いたことがあるだけで詳しくは知らなかった。