災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
「両親……は、知りません、どういう理由かわかりませんが、私の育ての親は魔女でした。魔界の話はきいたことがなくて……すみません」
男性の瞳が一瞬煌めいた気がした。
「なるほど……俺は死神のアドリアン。本当はあの夜、君の魂を刈りに行ったんだ」
「死神様……でしたら、私は死んだんでしょうか?」
うーん、とアドリアンは小さく唸る。顎に手を当てて、何かを考え込んでいたが、お茶を運んできたガイコツ――何係なのかさっぱり区別つかない――が、アドリアンに言った。
「旦那様、はっきりおっしゃった方が……」
「わかってる、うるさい」
ガイコツに突っ込まれて、やや不機嫌に、男性は返事した。
「君の魂は、あの夜、その……ひどくドロドロしていた。絶望したまま魂を刈ってもよかったが、それだとこちらも気分が悪い。だから俺が君を肉体ごと引き取った。ここで幸せの波に溺れさせ、生きる気力が湧いてきて、魂がピカピカのキラキラになったら、その時、魂をいただく」
「そっ、えっ?!」
幸せの波に? 溺れさせる――!?
「もう決めた。君は生涯俺のモノだ。もし一人でここを抜け出しても人間界には帰れない。君の魂はいま俺の生気に包まれているから逃げてもここへ連れ戻せるし、他の死神に刈られることもない」
口をあんぐりと開けたままのルーナ。
「と言うことは、私はまだ死んで……ない?」
「ああ」
「幸せを感じたら、魂を取られるってことですか」
「まあ、そうだな。今のところは、そう思ってくれていい」
――意味がわからない……けど……。
「おっしゃる意味がいまいちわかりませんが、あの家、あの場から連れ出してくださったことは感謝いたします。死んでもいないのにこのような天国に来られただけで幸せだと思うので、今すぐ刈ってくださって構いま――」
遅かれ早かれ、幸せに感じたら魂は刈られてしまうんだ、なら今がいい。
「だめだ、そういうのはだめだ。刈る時期は台帳に名が現れてからだし、君はまだ何の幸せも得ていない。これから溺れさすから覚悟するといい、くっくっく」
ワルそうな事を言っているが、その顔はとても穏やかで楽しげに見えた。ルーナは首を傾げつつ、ならば、と提案してみた。
「それでしたら、私にできることがありましたらおっしゃってください、掃除でも庭の草むしりでも、薬を作れというなら作ります、精一杯お仕えいたします」
「んー……それなら、これから毎日――」
毎日、と言われて、一瞬で緊張が走った。何を言われるのだろう。城中の掃除だろうか。1日かければ終わるかもしれない。或いは、薪割り……?
毎日の朝と晩の食事はアドリアンと摂ること。
身体の清潔を保って清潔な服を身につけ、暖かい部屋で過ごすこと。
太ること。
夜はアドリアンと共に眠ること。
「どうだ、これほどキツくて忙しいことあるか」
「えっ、ええ……?」
「ああ、薬作りはしたいか? それなら専用の畑を作ろう、執事に頼んでおくから、彼から説明を受けるといい」
「はい……よろしくお願いします?」
ルーナは戸惑うばかりだ。
毎日やれと言われた事は、およそ普通の人ならば毎日している行為で、ちっとも苦じゃないからだ。
だけどここ数年のルーナにはどれからも遠ざかっていた。食事は不規則で食べない日もあった。風呂だってそうだ、お湯を沸かす薪は暖を取る為に使用を控えてもいたから、毎日の風呂と着替えは難しかった。太る、というのは目的がわからないが、痩せすぎということだろうと理解できた。