災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき

 ここへ来たばかりの頃は、そうされる事に慣れていないからいちいち抵抗していた。一人で歩けるのに、とアドリアンの腕の中で暴れていたが、いつの間にか抵抗をやめた。自分に向けられる愛情が心地良い事に気がついた。そして人に甘える事を覚えた。

 それでいいと、アドリアンはいつも言ってくれる。甘えられるだけ甘えろ、と。その甘やかしもまたルーナにはくすぐったく、照れる。どう反応したらいいかわからず、頬をふくらませていたが、今はそう言ってくれる人が身近にいてくれる事の安心で胸がいっぱいになり、この人に甘えていいのだと思えるようになった。

「お腹すいたからごはんにする……オレンジジュースが飲みたい」
「ん、わかった。最初に腹ごしらえをしよう、風呂はそのあと一緒に入ろう」
「ありがとアドリアン、大好き……」
 アドリアンの首に腕を巻き付けて、彼の肩口に顔を埋める。

「……ルーナは幸せか? 生きる気力湧いてきた?」
「ん――なってない、まだ、ない……」
 幸せを感じたら魂を刈り取る。ルーナは最初にアドリアンから言われた言葉を一日たりとも忘れた事はない。だから、この問いにはいつもこう答えていた。

 本当は、幸せを感じている。毎日温かい布団で寝起きし、美味しい食事をたっぷり食べられる。着るものにも困らないし、雨風に悩まされる事も無い。何より、生きているのにお金を使う必要が全く無いのだ。散々悩まされてきた不安も一切無く、何の心配もない毎日を送っている。更に自分を大事に扱ってくれる、愛してくれる存在がある。

「そうか、そうか」
 ルーナを抱く腕に力が籠る。

 その腕の中の重みと体温を感じて、アドリアンはある考えを浮かべた。

 ――そろそろいいだろうか、君の魂を刈る気はないのだと伝えても。

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