災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき

 目を覚ましたルーナは、自分がどこで寝ているのかはっきり認識して、飛び起きた。

「ルーナ……起きたのか、寒いだろう、こっちおいで」
 長い腕が、ルーナの身体を引き寄せる。

「や、汚い、から」
「汚くはないだろう、清潔な寝巻きを着ているし、昨夜は風呂にも入っただろ?」
 甘くて、優しい言い方が耳にかかる。腰がくすぐったくなる。

「でも……そう、言われてきたから」
「汚いのは、何の咎もないお前に、そういう言葉を浴びせてきた奴らだ。何度でも言う、ルーナは汚くなんかないよ。俺の目には、君はとびきりきれいな女の子にしか見えない」
 ルーナのおでこに、アドリアンのそれが当たる。

「おふろ、きもちよかったです……あんなに、大きなお風呂初めてで……ああいうのに入れてあげたかっ……の……」
 アドリアンの胸に顔を押し付けてくるルーナを抱きしめる。

「育ててもらったのに、何も、返せなかった、あの時、爪を切ってあげたらよかった。飲みたいと言ってたスープも、卵が、買えなくて……身体を拭けるだけの十分なお湯も、暖炉に使う薪も、お墓に供える花も、何もかも、わたしっ」
「うん……」
 アドリアンの大きな手が、ルーナの背をそっと撫でる。

「うっうっ、町では、みんな、私が行くと、店を閉めて、なにも、売ってくれなくてっ」
「ひどい仕打ちだな」
 一つずつ口に出すたびに、アドリアンが声をかけ続ける。

「カルラの旦那さんなんか、誘ってないのに」
「友だったのだろう、悔しかったな」
 見た記憶を振り返り、カルラとは町で唯一と言っていい友人だったのを思い出した。彼女が最初に『災厄の魔女』だと口走ったがために、町での扱いが悪くなったのだ。

「畑も、作業場も、荒らされてっ」
「……フランと作った畑なのだろう」
 優しいリズムで背中を撫でながら、ルーナの顔が押し付けられている自身の胸が涙で濡れてきた。
 町でされてきた事を一つずつ口にして、悔しさが込み上げてきたのだろうと思った。辛かった日々に、こうして話を聞いてくれた者は居なく、少なくとも見た記憶では誰一人としてルーナを手助けしてくれる者は居なかった。さぞかし孤独と不安だったろうと思った。押し潰されて、愚痴を吐き出す事も、泣く余裕も無かったのだろうと思ったら、今こうして吐き出しているのは良い傾向ではないか。

 ルーナの小さな背中を、アドリアンの腕が包む。その温かさが、少しでもルーナに伝わればいい。少しでも温かいと思ってくれたらいい。そう願わずにはいられなかった。
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